1820 ブックトーク「雲をつかむような話」

2024年12月17日

 昔書いた文章を引っ張り出してきました。1995年に東京都に教員として採用され、都内の中学校に理科教諭として赴任しましたが、そのとき委員会は図書委員会でした。図書室の仕事は嫌いではなかったのでよかったのですが、1997年(平成9)に学校図書館法が改正されたことを知りました。
 2003年(平成15)4月から12学級以上の規模の学校すべてに司書教諭を置くことが義務化されたのです。一方、司書教諭の免許をもっている人がほとんどいないという話を聞き、ここで司書教諭を取得すると図書の仕事に確実につけそうで、アレとかソレとかのどうしてもやりたくない仕事が回ってこなくなるのではないんじゃないかなとにらみました。さらに、司書教諭になるには10単位必要だったのですが、学校図書館のの勤務経験が2年以上あると4単位で、4年以上あると2単位で免許が取れるという素敵な制度があったので、これは取得するしかないと、1998年の夏休みに今は亡き青葉学園短期大学に通って取得しました。
 そのかいあって、現任校では2003年から司書教諭に着任しました。手当とか軽減とかは何もありませんでしたが…。

 それでも理科×図書館という視点でいろいろ実践してみました。で、何回か「図書館教育ニュース」に投稿し、解説版に掲載してもらいました。これはそのうちの一つです。

ブックトーク「雲をつかむような話」

 良い本との「出会い」が生徒たちの楽しみや成長に貢献していることは言うまでもありません。ところが、毎日新聞社の「第49回読書調査」によると、1カ月に一冊も「読まなかった」という生徒は、中学生で3割を越えるというショッキングなデータがあります。
 幸いなことに、本校の図書館は、授業などでも積極的に利用されていることもあり、昼休みや放課後には、たくさんの生徒が利用しています。でも、やはりベストセラー本に偏ってしまう傾向が否めません。それはそれで結構なことかもしれませんが、思春期に入ろうとする中学生には、少々専門的な本やいわゆる名著と言われるやや堅めの本にも目を向けるなど、「背伸び」をしてほしいという気もします。
 ところで、学校図書館法の改正により、本年度から司書教諭が原則必置化となりました。本校では以前から図書館司書は非常勤で配置されていますが、司書教諭に関しては、本年度からのスタートです。その司書教諭に、校内で唯一資格をもっていた筆者がなったわけです。といっても、週16時間ある担当教科である理科の授業、2年生の学級担任をはじめ、部活動顧問、諸会議・研究会、校務分掌などがあって、これといった校務の軽減がなく、図書室に行く時間さえままならない状態です。この厳しい条件で(司書ではなく)司書「教諭」として、どのような活動をしていくかが重く大きな課題でした。
 しかし、それは(むろん司書教諭として活動する条件としては決して望ましいものとはいえませんが)考えようによってはデメリットだけではありません。教科の授業を担当しているということは、授業と図書室とのリンクを容易になります。また、学級担任であるということは、ふだん図書室を利用しない生徒を含め、一人ひとりの生徒の状況を把握できるというメリットがあります。
 担当している理科の授業では「天気とその変化」の単元に入りました。そこで、理科の授業の一環として、理科教師という教科の専門性と、司書教諭という図書の専門性を生かして、生徒の気象に関する興味・関心を引き出すという教科のねらいと、専門書から写真集、文学作品など、新しい本との出会いを演出する図書館教育からのねらいを含めて、「天気に関する本のブックトーク」を企画しました。それも単なるブックトークではなく、パソコン、書画カメラつきのプロジェクタなどの機器を利用し、観察・実験・考察などの活動を加えた、双方向性を重視する「活動するブックトーク」ができないかと発想しました。テーマは、生徒でもよく知っているものなのに、専門家にとっても難しいもの、そして科学的な専門書だけではなく文学関係の本も多く出版されているもの…と考えて「雲」を題材とし、タイトルは洒落て「雲をつかむような話」と設定しました。

 授業は次のように進みました。

1.「雲」で何を思いつきますか?

 「雲」について思いつくものを挙げてもらい、雲の種類に関するもの、自然現象に関するもの、色やかたちなどに関するもの、生活・文化に関するもの、その他に分類しました。

2.いろいろな雲がありますね

 雲の種類についていくつか挙げてもらい、どんなかたちの雲か、たくさんの写真の中から探してみました。もっと詳しく雲について知りたい人は…と、高橋健二『雲の名前の手帖』(ブティックムック)、今井正子『雲の写真集 高度1万メートルから見た雲たち』(成山堂書店)など何冊か紹介しました。さらに、雨や虹など、気象現象に関してもふれ、そちらも写真集や解説書を紹介しました。

3.雲は10種類に分類でき、実は一つの法則によって発生します

 様々な雲がありますが、これらは、雲のできる高さなどから10種類に分類できることを学習します。また、雲は、水蒸気を含んだ空気が膨張することによって温度が下がるために、空気中に水蒸気としていられなくなるので、水滴(雲)として現れます。丸底フラスコに注射器を結びつけ、その注射器を引っ張ると雲ができるという、教科書に載っている実験を行います。注射器を引っ張るだけでフラスコの中が白くなり雲ができるので生徒は驚きます。
 ここで、「雲や霧の正体は水滴です。ですから、絵本や幼稚園の子どものお絵かきのように、雲の上に動物や人が乗ることはできません」というと、生徒たちは笑って「先生、子どもの夢をこわさないでください」などと反応してきます。そこで、実はこの雲を作る実験をして、できた雲を飼うことになったという話があってね…と、渡辺わらん『雲の飼い方』(講談社 文学の扉)を紹介します。

4.雲は科学的に見るものとは限りません…。

 その他、雲については「ふわふわした」「綿」「アイスクリーム」なども思いつきます。
雲は科学的に見なくてはならないというものではありません、雲を見て詩やエッセイなどを作る人はたくさんいます。『注文の多い料理店』でおなじみの宮沢賢治は『イーハトヴ詩画集 雲の信号』(偕成社)、『車輪の下』で有名なヘルマン・ヘッセの『雲―エッセイと詩』(朝日出版社)という本を紹介しました。

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ところで、この授業のテーマ『雲をつかむような話』ですが、「雲、賣ります」という広告の切り抜きを見つけた話から始まる一大ファンタジー、クラフト・エヴィング商會『クラウド・コレクター―雲をつかむような話』(筑摩書房)という本も紹介しました。

5.もう一度、雲で何を思いつきますか?

 授業の最後にもう一度雲で思いつくものを赤ペンで書き加えてもらいました。ここで加わったものが雲に関するイメージが広がった部分です。なんだかよくわからないけれど、雲についてちょっと詳しくなった。少しは「雲をつかめた」のかもしれません。

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 理科の授業の一環とはいえ、まるで雲のようにふわふわと話題が飛び、あまり理科らしく、そもそも授業らしくない、かといって単純なブックトークでもない、いったい何だったんだろう?と、まさに『雲をつかむような』1時間でした。でも、終わった後、窓から空を見上げて雲を眺めていた生徒の姿はとても印象的でした。

 回のブログ化で調べてみたのですが、当時紹介した本が『クラウド・コレクター―雲をつかむような話』が新版になってかろうじて残っているのと『イーハトヴ詩画集 雲の信号』以外は絶版になっているのも、時の流れの無常さを感じます。