0286 「重さ」と「質量」
小学校の算数と中学校の理科
「重さ」の単位ってなんでしょうか。
小学生や普通の大人に聞くと、きっとgとかkgと答えてくれるでしょう。
それは現行の指導要領でいえば、小学校3年生の算数で勉強する内容です。
〔第3学年〕
小学校学習指導要領(平成 29 年告示)解説 算数編 p.163
C 測定
(1)量の単位と測定に関わる数学的活動を通して,次の事項を身に付けること
ができるよう指導する。
ア 次のような知識及び技能を身に付けること。
(ア) 長さの単位(キロメートル(㎞))及び重さの単位(グラム(g),キロ
グラム(㎏))について知り,測定の意味を理解すること。
ところが、中学理科の世界では状況が違います。
第1分野 (1) 身近な物理現象
中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 理科編 p.33
イ 力と圧力
(ア) 力の働き について
重さについては,小学校の学習を踏まえながら,力の一種であることを理解させ,重さと質量の違いにも触れる。例えば,質量は場所によって変わらない量で,てんびんで測定することができる量であり,重さは物体に働く重力の大きさで,ばねばかりなどで測定することができる量であるとする。そして,おもりの質量が大きくなるとおもりに働く重力が大きくなることを理解させる。また,今後の理科の学習で,重さと質量を区別して使っていくことにも触れる。
力の大きさについては,単位としてニュートン(記号N)を用いる。1Nの力とは,質量が約 100g の物体に働く重力と同じ大きさであることに触れる。(後略)
赤く書かれたところを整理すると、
「重さは力の一種である」「力の単位はニュートン(記号N)である」
ゆえに、重さの単位はニュートン(記号N)である、というきれいな三段論法が成立します。
じゃあgは何なのさ、というと、重さではなく「質量」の単位です。
余談 g重という単位
ちなみに究極のゆとりだっだ平成10年改訂の学習指導要領では「重さ」と「質量」の違いは高校に飛ばされていました。しかし平成10年改訂の学習指導要領が施行された平成14年の教科書には、ニュートンの単位が登場し、小学校では重さの単位はグラムだったのに、中学校で力の単位がニュートンとよばれ、しかも重さと質量の違いの説明もなかったという???な時代でした。
しかし、平成元年改訂までの学習指導要領下では、平成20年度や現行の学習指導要領と同じく、「重さ」と「質量」は別物というスタンスです。ただし、SI単位で統一される前なので、重さの単位は現在のようなNではなく、g重、kg重という単位でした。質量1kgの物体にはたらく重力の大きさが1kg重としていました。
つまりこれは、F=ma を考えればわかりますが、1kg重という力の大きさは、質量1kgと重力加速度の積だったのですね。
では日本語ならkg重だけど、「重」と漢字のつかえない英語圏ではどうしていたかというとkgwとかkgfとか表します。weight、forceのことでしょうかね。
また、ある有名国立大学の工学系の教授が大文字のKをつかって、重量キログラムについて、Kgという単位を使っていました。産業技術総合研究所計量標準総合センターのパンフレット「国際単位系(SI)は世界共通のルールです」では誤りやすい単位記号の例として10Kgという例が挙げられ、10kgと直されています。ということでこれは、その先生の単なる間違い(でも偉い先生なので誰も間違いを指摘できない)なのか、それともその先生の分野ではそういう使い方をするローカルルールがあるのか…。
その時、教科書が動いた
ということで、「重さ100g」という日常では自然な表現が理科の授業では許されないため、生徒は混乱するのです。
と思っていたら、平成20年の指導要領初の平成24年からの教科書にちょっとした異変が。たとえば東京書籍の「新しい科学1」では
という、日常生活の面では至極もっともに「質量」という意味で「重さ」という言葉を使っいるのに、それを理科では使ってはいけない、というこれまでの理科の授業でのローカルルールをくつがえす記述がありました。
使ってもいいけど、きちんと区別しようね、という話です。でもそれって難しくない?
1N=100gは生徒の罪
それを許しちゃうのは教師の罪
あのテストの答案はもう捨てたかい?
「虹とスニーカーの頃」を元ネタにするのは古すぎる、というツッコミはさておき。
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中学理科では1Nは約100gの物体にはたらく重力の大きさと学びますが、そうすると生徒の中で1m=100cmと同じ感覚で、1N=100gという公式が成り立っていることに気づくことがあります。「ちょ、待てよ」と思わずキムタクになってしまうのですが、それ以上に「ちょ、待てよ」なのは、1N=100gという理解でも何の支障もなく問題に正解できるので、それでもテストで高得点を取ったり、よい成績が取れてしまうところです。1Nは力の大きさで、100gは質量、違うものなんだよ!といってもなかなかピンときません。
それでは「質量」と「重力の大きさ」は、どう違うのでしょうか。
例えばここにちょっと珍しい官製葉書があるとしましょう。この葉書を郵便局にもっていけば、葉書を送ることができます。これは葉書料金である52円の価値ということになります。ところが、この葉書は珍しい葉書なので、コレクターの間では、100円で取引されていることもあるでしょう。一方海外では日本の葉書で郵便物を出すことはできないので、同じ葉書なのに紙切れ同然に扱われ、価値は0円となってしまいます。
ここで、葉書の枚数が「質量」にあたります。 「2枚」という値は、葉書の量(葉書そのものの量)といえますね。 そして、1枚の葉書はどこでも1枚だし、2枚の葉書は誰の前でも2枚の葉書です。コレクターの人が郵便局員よりも高い価値を見いだしてくれるからと言って、郵便局員の前で1枚だった葉書がコレクターの前で2枚になるわけではありません。 同様に、たとえば地球上で質量600gの分銅は、月面上でも無重量状態の宇宙空間でも600gで、場所によって変わらないのです。 「質量」という言葉の「物質そのものの量」という意味がなんとなくわかってきたのではないでしょうか。
これに対して、「重力の大きさ」は葉書の価値にあたります。同じ葉書に対して、郵便局員は52円の価値を認めてくれる、コレクターは100円の価値を認めてくれる、海外では価値を認めてくれない。葉書の価値というものは、葉書自身が決めることではなく、その葉書を評価する人によって決まるのです。 質量600gの分銅は、地球は6Nの力で引っ張ってくれる、月なら1Nの力で引っ張ってくれる、宇宙空間ではそもそも引っ張ってくれる人がいない…。重力の大きさは引っ張る主体が誰かというところできまるのです。
ただし、「質量」と「重力の大きさ」が全くの無関係というわけではありません。 郵便局でも、コレクターでも、海外でも、2枚の葉書の価値は1枚の葉書の価値の2倍になること、もっというと葉書の価値は葉書の枚数に比例すること、これはどこでも共通です。 それと同じように、場所がどこであっても「重力の大きさ」は「質量」に比例します。
ところが、力のあれこれを考えるのは、ふつう(中学理科では質量と重さの違いの学習のとき以外は、ほとんどすべてが)は地球上という設定でしょうから1N=100gの公式が成り立ってしまうのです。それはちょうど郵便局で1枚=52円と固定相場になっているため、「葉書を10枚お求めですね。代金は520円です。」というのと同じで、郵便料金が改正されたりコレクターになったりしない限り、それでも困ることはないのと同じなのかもしれません。
それでも「ちょ、待てよ」といいたくなるのが理科教師なんですけどね。
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