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2074 隙自語(4) 卒業研究と大学院入試

 学部4年になると、卒業研究があります。必修ではないものの、就職を考えてというよこしまな気持ちもありますが、理系たるもの研究室に入らないで卒業とは…という雰囲気もあり、私もご多分にも漏れず研究室に入ったのでした。

 化学科は大きく、物理化学、無機化学、有機化学の3つがあり、それぞれいくつかの研究室があります。このうち、有機化学は覚えることに頼り苦手だったことと、有機化学の実験は時間がかかる=研究が大変、というイメージがあり敬遠。無機化学系の分析化学の研究室か、物理化学系のコロイド化学の研究室かで迷い、最終的にコロイドを選びました。

 さて、研究室生活が始まったから、授業もほとんどないし研究室にどっぷり…と思いきや、4年生は夏までは、進路が研究以上に重荷になってきます。大学院に進学するのか、それとも就職するのか。大学院ならこのまま理科大の大学院に行くのか、外に出るのか。就職ならば公務員か、民間か、はたまた教職か。

 ところで研究室には卒研生が10人程度いたのですが、実は来年度に狭い研究室がさらに狭くなるという話が確定していました。一方、今年で修了する大学院生もおらず、来年度新しい卒研生が入るのを考えると、今年の卒研生でこの研究室に残れるのは4人が限界なのだそうです。卒研生の中には最初から学部で就職を考えている人も何人かいましたが、何人かは外に行かなくてはなりません。

 その中で私の場合、2年生、3年生のころから仲間内(今の研究室のメンバーとはほぼ重ならない)で「理系だったら大学院へいかないと専門を生かした職に就けない」なんて話があり、当時教職課程を取りながらも、教職を考えていなかった私は、大学院に行くつもりでした。で、あわせて「理科大の大学院も就職にはいいけど、理科大から東大や東工大の大学院に出る人も多い」「学歴を考えればむしろ東大や東工大に行った方がよい」みたいな話もありました。もっと言うとストレートに東大や東工大のネームバリュー(東工大は学部の入試で落ちましたし)も悪くない、と思って外の大学院に行く方向に進みました。

 なわけで、就職活動する人はいるわ、教育実習に行く人はいるわ(私です)、院試を受ける人はいるわ(これも私です)でなかなか落ち着きません。ただ、コロイド化学という比較的人気のある研究内容だったからか、就職は強かったようで、就職組はみなさん、いい感じにラ○オンだとかエネ○スだとか、内定を決めていました。

 もちろん私も例外ではなく、6月に教育実習をした後、その勢いで教員採用試験にチャレンジしてしまう(教育実習の前はそんな気なかったのに)、そのくせ、当初の計画通り大学院まで受けてしまう。教育実習と教員採用試験についてはそのうち取り上げてますが、今日は大学院入試、略して院試についてみていこう。

 さて、外部の大学院、それも東大や東工大というと、学部のイメージからとんでもない難関ではないかと考える人もいるでしょう。でも実際は、(当時)大学院へ重点化が進んでいたこともあり、選考によっては定員割れやそれに近い状態などで案外入りやすいところもあったようです。
 だからと言って、もちろん受験すれば確実に入れるというわけではないですし、とくに他大学からの受験は、学部から上がる学生に比べて、試験問題の入手はもちろんのこと、専攻内部や研究室の動向などの情報が少ないので不利と言えます。それでも、理科大で落第の恐怖におびえながらみっちりやった勉強は、案外他大でも使える、と当時聞いていました。

 大学院をどこにしようか。そして、漠然と東大か東工大と言っても、具体的な研究室のアテがないといけません。友人のつてで東大・理学系研究科化学専攻の放射化学研究室を知ってはいて、自分の中ではこれでいいかと思っていたけれども、同時に、「一つしか受けないで落ちたらどうすんだ」という不安もありました。合格者の掲示板の前で落ち込んでいる学生に声をかけるリクルーター…というのもいるらしいけど(噂です)、そういうときに声をかけてくる会社が、入りたい会社であるとは限らないし。
 というわけで、他に東大の原子力工学(のちのシステム量子工学)、さらに東工大の化学環境工学。そうすると過去問をそろえるのも一苦労。興味のある研究室はあるものの、訪問どころか研究室にアポも取らずに院試へ突入してしまいます。

 これには自分の気持ちのどこかで気が進まないと感じていたところがあるのかもしれません。コロイドの研究室もそうだけど、かなりの時間を過ごすのに、やだなぁと思っているものを消去法で絞った後に残ったものをなんとなく選ぶ、という、一般的にはあまりよくない基準で選んでいました。三度の飯より、というほどではない。でもそれ言ったら化学に対してもそうでないと自分の心に言いきれるかという話になる。かといって別の道に進んだとしても、「やっぱり化学にすすんでおくんだったなぁ」という気持ちになるというのも容易に想像がつきます。結局そこまでやりたいことがないわけです。

 最初に試験があったのが東工大。1日目が英語。2日目は専門。午前は他の専攻と共通の問題。数学・物理学・化学・生物学の中から選択して解答する問題。午後は化学環境工学のオリジナルで物理化学、無機化学、有機化学、生物化学、環境、化学工学などの中から解答する。いろいろなバックグラウンドの人がいるのでそれぞれの専門に合わせて問題選択の幅を広げているのらしい。

 東大の理学系は1日目が英語と教養。教養とは数学・物理学・化学・生物学・地学から事前に2科目選択する。化学専攻だとほとんどの人は物理、化学で行くのだけれども、私は物理が苦手だったのと、原子力工学の方が数学必須だったので物理を捨てて、数学・化学で受験した。
 で、2日目は化学の専門なわけですが、午後の有機化学の問題にIRスペクトル。IR1700は何か。NMRチャートから分子を推定。答案を裏返しに配って、スペクトルのチャートが見えたときには、東大生ざわめく、自分はラッキー。東大では有機化学というと合成に重きを置いていたらしく、チャートはあまりやっていなかったよう。一方、私は、チャートについて詳しく扱った有機化学(三)を再履修でみっちり覚えたので有利に進められたようでした。というか、院試対策は化学では暗記でいける有機化学が得点源だったな、理科大での授業は有機がいちばんアレだったのに。

 東大工の院試は定員割れという例年の流れはをよそに倍率2倍近く。数学で結構危険なことに。面接は試験の出来をまず聞かれた。「ちょっとできませんでした」と答えると、「ちょっとですか」というつっこみと笑い。さてはボロボロだったか。何ができませんでしたか、という問には「特に数学が」と。過去問はもっていたか、などと追求され、ダメだと思った。まあ、理学部が「当確」でそちらが第1志望なので別にかまわなかったけど。
 で、「他にどこか大学院を受けていますか」。ああ、決まったな、と正直に答える。次の質問は意外なことに「もし、両方受かったらどうしますか」第2志望とは言いにくい。「研究室の内容を見てから決めたいと思います」という婉曲的表現でかわす。「ここで決めて楽になりませんか」「大学院で何をやりたいか」「奨学金は受けるか」等の質問。まさか…。とどめは「どうやら期待に添えそうですので、早くY先生のところにコンタクトをとってください。Y先生のアクチノイドは日本で有数ですよ。」ということで内定。数学のくだりはなんやねん…。

 などなどいろいろなエピソードがあったのですが、結果から言うと、東工大は正式な合格発表前に希望欄に書いた研究室の先生から電話があり、「合格ラインには達しているんだけど…」と、試験前にアポがなかったところから察して、併願の状況を聞かれ東大工学部に内定していると正直に答えて辞退。一方、東大は理・工とも合格と相成りました。そうすると次にまたやっかいな問題が。そう、どちらかを辞退しなければならない。それにまた気を遣う。どちらも辞退すると補欠を取るわけではなく、そこが空席になるので、平たく言うと迷惑をかけることになる。
 原子力を断りましたが、やはり残念そうでした…。

 さて、大学院入試も一段落した10月からは研究一直線です。
 そして研究を続けていくにつれ、前述したように、自分はこの卒研テーマが、いや化学の研究をするのがそこまで好きなんじゃないんじゃないか、という気がしてきました。泊り明け(機械の取り合いになり、使える時間が夜中になってしまったため、泊まり込みで実験をすることもままありました)に、実験で使ったスクリュー管を何百本も洗いながら窓の隙間から日の出を見て、「今自分はなんでこんなことをしているんだろうな…」と人生考えていました。
 一方で、同じ卒研生で、それも同じ界面活性剤のチーム(研究室の中は、界面活性剤、分散、貴金属、活性炭の4チームに分かれていた)の人が、大変意識が高すぎる方で、春の段階から卒研生の中で一歩リードしていました。私にはとてもそこまでできないというレベルで研究に精を出して、そして成果を出していたようです。おかげで、私は彼にライバル心さえ持たず、この研究室に残るという勝ち目のないチキンレースからさっさと離脱する気になったわけです。ちなみに彼は、ドクターまで進学してドイツに留学して学位を取ったらしいです。

 そういう微妙な想いの中(先生はいい人でした)、なんとか卒研が終わって4年間で理科大を卒業したのでした。

 

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