銅は、今つきあっている女と別れたがっていた。
彼女の名前は酸素。人当たりがよく、人気者である。
「でも、彼女がいると俺はダメだ。俺だけじゃない。俺たちヒョウ金属は、酸素とつきあうと、ろくなことがない。お堅い鉄などは、酸素とくっついたとたんボロボロになってしまった。いぶし銀がきまっていたマグネシウムのやつなんかも、あいつのせいで真っ白な灰のようになってしまった。。。」銅は思い出す。
銅はふと、彼女が以前、銀と付き合っていたことを思い出した。
たしかに銀と酸素は一度はつきあっていた。しかし、ある暑い夏の日に、あっさりと別れてしまった。
「暑い夏のせいさ」と銀は言っていたようだが、「あの人はもともとそんなに魅力がなかったのよ」と酸素が言っていたのを銅は知っている。
「銀よりも俺の方が魅力的だよな」銅は思いながらも、酸素と出会ったあの暑い夏の日のことを思い出した。
そして、あることに気づき、ぞっとした。
「俺は銀と違って、暑い夏のせいだけで酸素と別れることはできない。なんてったって、寄ってきたのが暑い夏だったのだからな」
では、どうやって分かれるか、彼は一計を案じた。
「酸素が俺と別れないのは、独りぼっちになるのがさびしいからだ。もっとも、銀は相当魅力がなかったようで、まだ一人ぼっちの方がましだったようだが。でも、俺は違う。奴は独りぼっちよりも俺といる方を選ぶ。それならば…」
数日後、やはり銅の隣には酸素がいた。
「なぁに、私に会わせたい人がいるって?」酸素はあからさまに不信の眼で銅を見た。
「いや、待ってよ、もう少しで来るから」酸素をなだめすかす銅。そのとき
「ごめん、遅くなったね!」ちょっと色黒のイケメンが登場。
「よう、炭素!ひさしぶり!…この人が君と会わせたい…」と銅が言いかけた時はすでに、
「すてき!あたしと付き合って!!」と目がハートになって、銅から離れ、炭素にくっついてしまった。
独りぼっちが嫌だから、俺と別れたくない。それならば、俺よりカッコいいやつが彼女の前に登場させたらいいのではないか。銅の思惑は正しかった。
「俺とは手をつなぐ程度だったのにな…」元彼となった銅をよそにいちゃいちゃし続ける酸素と炭素のカップルは、やがてどこかへ行ってしまった。
そして、それまでどす黒かった顔から赤みを取り戻した銅は、一人、ほっとするのであった。
2CuO + C → 2Cu + CO2
この化学反応式にはこんなストーリーがかくされているのです。
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