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0182 学習指導要領の変遷 (8) 平成15年一部改訂

 3割削減された学習指導要領でどうなったか。

 その結果、算数では電卓を使い、お笑い芸人は「円周率がおよそ3」になったことをネタにします。平成15年には東京大学の数学の入試問題で「円周率は3.05より大きいことを証明せよ。」なんてのが出題されました。学習塾に至っては公立校では台形の公式を習わなくなったなどと電車の広告でシリーズで学習指導要領で内容がいかに薄くなったことを喧伝しました(だからうちの塾行ってがっつり勉強する中高一貫校へ行こう、という塩梅です)。

 そして、その影響は大学にもおよび、『分数ができない大学生』 などが出版され、その惨状が次々に明らかになっていきます。この本で平成11年に刊行されたので、ここでいう大学生は平成元年の学習指導要領で学んできたことになります。それでこうなんだから、さらに内容が削減されたら…と読むものを不安のずんどこに陥れます。

 そんなこんなで、一般の人にも学力問題への関心が高まりつつありました。

 そして平成15年12月26日(御用納めの日)、学習指導要領が一部改正されます。

小学校学習指導要領(平成15年12月改正)
中学校学習指導要領(平成15年12月改正)
高等学校学習指導要領(平成15年12月改正)

 なんといっても目玉は次の点です。

(1) 学習指導要領の基準性を踏まえた指導の一層の充実
ア 学習指導要領に示しているすべての児童生徒に指導する内容等を確実に指導した上で、児童生徒の実態を踏まえ、学習指導要領に示していない内容を加えて指導することができることを明確にしたこと。
イ 「内容の取扱い」のうち、内容の範囲や程度を明確にしたり、学習指導が網羅的・羅列的にならないようにするための事項は、すべての児童生徒に対して指導する内容の範囲や程度等を示したものであり、学校において特に必要がある場合等には、これらの事項にかかわらず指導することができることを明確にしたこと。

つまり、「やること(学習指導要領で示された内容)をやったら、他のことやってもいいよ」ということを明確にしました。「明確にした」ということは以前から不明瞭だったもののOKだったということです。そこで、中学校理科の「歯止め規定」について該当箇所を拾ってみました。これ以外にも「深入りしないこと」「~にとどめること」「簡単に扱うこと」などの消極的制約規定もありますが、量が膨大になってしまうのでカットします。

〔第1分野〕
(2) 内容の(1)については,次のとおり取り扱うものとする。
ア アの(ア)については,全反射も扱うが,屈折率は扱わないこと。
イ アの(イ)については,実像と虚像を扱うが,レンズの公式は扱わないこと。また,像の位置,像の大きさの関係を実験により定性的に調べること。
ウ アの(ウ)については,音の伝わる速さについて,空気中を伝わるおよその速さを扱う程度とし,気温などとの関係には触れないこと。
エ イの(ア)については,力の合成と分解は扱わないこと。また,力の単位として「ニュートン」を用いること。
オ イの(イ)については,水圧は扱わないこと。

(3) 内容の(2)については,次のとおり取り扱うものとする。
エ イの(ア)については,溶解度を定量的に扱うことはしないこと。

(4) 内容の(3)については,次のとおり取り扱うものとする。
ア アの(ア)については,帯電列には触れないこと。
ウ アの(ウ)の「電気抵抗」については,物質の種類によって抵抗の値が異なることを扱う程度とし,合成抵抗の式は扱わないこと。
エ イの(イ)については,レンツの法則,フレミングの法則は扱わないこと。
オ イの(ウ)については,電力量の概念は扱わないこと。また,定量的な扱いはしないこと。

(7) 内容の(6)については,次のとおり取り扱うものとする。
イ アの(イ)の「エネルギーの出入り」については,定量的な扱いはしないこと。また,イオンについては扱わないこと。

〔第2分野〕
(3) 内容の(2)については,次のとおり取り扱うものとする。
イ イの(ア)の「火山」については,代表的なものを二つ又は三つ取り上げること。「マグマの性質」については,粘性を中心に取り上げ,化学組成は扱わないこと。「火山岩」及び「深成岩」については,それぞれ1種類を扱うものとし,代表的な造岩鉱物にも触れること。
ウ イの(イ)については,地震の現象面を中心に取り扱い,初期微動継続時間と震源までの距離との関係も取り上げるが,その公式は取り上げないこと。「地球内部の働き」については,プレートの動きに触れる程度にとどめること。

(4) 内容の(3)については,次のとおり取り扱うものとする。
ウ アの(イ)については,各器官の働きを中心に扱い,構造の詳細は扱わないこと。
エ アの(ウ)については,各器官の働きを中心に扱い,構造の詳細は扱わないこと。また,心臓の構造は扱わないこと。「消化」については,消化に関係する一つ又は二つの酵素の働きを取り上げること。「呼吸」については,外呼吸を中心に取り上げるとともに,細胞の呼吸については簡単に扱い,呼吸運動は扱わないこと。「血液の循環」に関連して,血液成分の働き,腎臓(じんぞう)や肝臓の働きにも触れること。

(6) 内容の(5)については,次のとおり取り扱うものとする。
ア イの(ア)については,有性生殖の仕組みを減数分裂と関連付けて簡単に扱うこと。その際,遺伝の規則性は扱わないこと。「無性生殖」については,単細胞の分裂や挿し木,挿し芽を扱うにとどめること。

 これ、実はやってよかったのですね。どう見ても禁止しているようにしか読み取れないのですが…。教科書だって歯止め規定の内容を載せたら検定で引っかかってたでしょうに。(現在は本文とわけて「発展」ということがわかるようにすれば、学習指導要領に書いてない内容でも教科書に掲載することができます)。

このほかの内容としては
(2)総合的な学習の時間の一層の充実
各教科、道徳及び特別活動との関連、目標や内容、全体計画の策定など。

(3)個に応じた指導の一層の充実
生徒の興味・関心等に応じた課題学習、補充的な学習や発展的な学習などの学習活動

があります。

 補充的な学習については、学習指導要領に示している「最低基準」がクリアできない生徒に「分かる」「できる」状況まで高める学習なので、それなりに問題集などの用意して繰り返しやったりすれば、できそうです。

 ところが、発展的な学習については学習指導要領に示していない内容なので、当時の教科書(平成14年本)には一切載っていません。

 そうすると、発展的学習については何をしたらいいか知りたいという先生のニーズが生じます。
 そこで、今日ご紹介したいのが東洋館出版社の中学校理科 発展的な学習事例集。2分野編で「天気の変化を予測しよう」という実践を書きました。(※絶版です)

 もっとも、「天気の変化を予測しよう」という授業は、現在の学習指導要領ではふつうに載っていますが。そういう実践も多いからか、この本は今は絶版になっています。

 それにしても年度の途中に学習指導要領が改正され、即日(それも御用納めの日に)施行って、普通に考えると現場が混乱することが目に見えてますね。でも、文科省サイドから言わせれば、以前からそうだったことを(「誤解」があったから)明確にした、というあくまでも(学習指導要領のねらいをより御理解いただくため)記述を改めた、つまり内容面の変更ではない、というスタンスのようです。

 それはこの日の大臣会見からも読みとれます。「ゆとり教育からの方針転換ではないか」という趣旨の質問に対する返答を要約すると、

べ、別に学力低下と言われて方針を転換したんじゃないからね!学習指導要領のねらいの一層の実現を図るためにわかりやすく書き直しただけだからねっ。か、勘違いしないでよ!「歯止め規定」も最初からやってよかったんだからね!(顔真っ赤)

という感じです。

 ただ、平成10年の指導要領を出した時点については未確認ですが、少なくとも平成14年度の時点では学習指導要領外の発展的な学習内容について容認する方向性は確認できています。なので、この改訂の1年以上前には学習指導要領はあくまでも最低基準で、いわゆる「はどめ規定」は、学習指導要領において、発展的な内容を教えてはならないという趣旨ではなく、すべての児童生徒に共通に指導するべきではない事項に過ぎないというスタンスを文科省はとっていました。

 その証拠として、平成14年8月に教科用図書検定基準が改正され、児童生徒一人一人の個に応じた指導を充実する観点から、学習指導要領に示していない内容(「発展的な学習内容」)について一定の条件のもとで教科書への記述が可能となりました。これにより平成18年度に発行された教科書(18年本)は、削除された内容のいくつかは「発展的学習」として復活することができました。逆にいうと、平成14年本だけがもっとも薄い本となってしまったわけです。

 18年本から東京書籍を使っています。この時はちょこっとだけお手伝いしました。
理科準備室の本棚を調べたのですがなぜか1分野上が手元にありません。

Check It Out!

日本学術会議 物理学研究連絡委員会 物理学研究連絡委員会報告 物理教育・理科教育の現状と提言
なんか、すごく怒ってるっぽい。

気象教育研究連絡会「学校教育における気象学の現状と新学習指導要領」報告 “天気”48.8.(2001)
こっちも怒ってるっぽい。

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