0282 「ばねはかり」か「ばねばかり」か

「ばねはかり」か「ばねばかり」か。

現在(2023年)の教科書は、「ばねかり」と表記されていますが、かつては「ばねかり」と表記されていますが、かつては「ばねかり」となっていました。どうして変更されたのでしょうか。

 この理由は中学校理科の教科書を出している5社のうち、大日本図書学校図書のサイトに載っていました。いずれも、平成20年の学習指導要領解説で、表記が「ばねかり」から「ばねかり」に変更されたのに倣った、ということです。他の3社も同じ理由でしょう。

 平成20年の学習指導要領解説で変わったということですから、当該の平成20年版の解説と、その前の平成10年の解説を見比べてみます。ついでに手元にある平成29年の中学校学習指導要領解説理科編、さらには平成元年、昭和53年の中学校指導書理科編(指導要領解説の前身)を引っ張り出し、「ばねかり」もしくは「ばねかり」の表記を探してみました。

昭和53年5月 中学校指導書理科編 p.31 l.14 
例えば、ばねかりで測られる量として扱い、
平成元年7月 中学校指導書理科編 
(「ばねはかり」「ばねばかり」どちらも登場せず)
平成11年9月 中学校学習指導要領(平成10年12月)解説理科編 p.23 l.12 
ニュートン目盛りのばねかりなどを
平成20年9月 中学校学習指導要領解説理科編p.28 l.18 
例えば、ばねかりにつるした物体を水中に沈めると
平成29年7月 中学校学習指導要領解説理科編p.33 l.20 
例えば、2本のばねかりを用いて、

まさかの記述ナシの平成元年はおいといて、たしかに平成10年版まではばねはかり、平成20年からはばねかりと変わっています。
 

しかし、ここで新たな疑問が。
なんで学術用語集ではなく指導要領解説なんだろう。
だいたい教科書会社のQ&Aで今回のような用語の表記について説明するときには、指導要領解説を根拠にしたことは今までなかったと思います。たいていは学術用語集や、教科書の文部科学省の検定意見のせい を根拠に説明 していました。国語辞典とか新聞では「浸食」を使っていても、学術用語集では「侵食」とあったから「侵食」を採用しているし、文科の検定意見を聞かないと検定は通らない、つまり教科書を出せなくなるから「花びら」は「花弁」に、マツの雄花にある「やく」は「花粉のう」へ変更を余儀なくされました。

学術用語集にはどう書かれているのだろうか。

オンライン学術用語集の亡き今、jglobal で「ばねかり」で検索。すると、60件ヒット。そのうち科学技術用語は4件。「ばねばかり」が2件(spring scale , spring balance)と「制温ばねばかり」「上ざらばねばかり」。
用語「ばねばかり」を詳しく見ると、

計測工学編 / ばねかり / spring scale , spring balance

とあります。つまり学術用語集計測工学編に「ばねかり」が載っていると。
なお、「ばねかり」でヒットは15件(うち科学技術用語はなし)。

 ところが、計測工学編は1973年に発行されましたが、その後1997年に増訂版が出ています。jglobalはきちんと最新の増訂版に対応しているのでしょうか。たとえば、化学編は1955年に出版された後、1974年に増訂版が、1986年に増訂2版が出て、増訂2班が最新版なのですが、jglobalには「化学編(増訂2版)」と表記されているのです。
 「計測工学編」としか書かれていないならば旧版の可能性がある…

 ということで、実際の紙版の本を調べる必要があります。
1973年版は大学の図書館にありました。これを見ると、ばねかりになっています。
 

 でも増訂版が置いてありません。大学図書館が最新の学術用語集を置いてないっていうのはどうよ?と思いましたが、jglobalも増訂版でないとすると、「おれは増訂版なんて認めねー、73年版で行く!」という関係者が支配的とか?

と思ったら増訂版が近所の公共図書館にありました。
 

やっぱり「「ばねかり」です。
ちなみにJ-GLOBALの科学技術用語の検索では、73年版にしか載っていない「ばねつりあい」はヒットしましたが、増訂版だけに掲載されていた「ばね復帰」はヒットしなかったところを見ると、やはり古いほうだけ掲載されているようです。うーむ。

ということはですよ。学術用語集では紛れもなく一貫して「ばねかりだけど、学習指導要領解説はばねかりだった。そこで教科書会社各社は学習指導要領解説を優先した、ということなのですね。

それはそれでいいのですが、とはいえ、まだ謎は残ります。
なぜ、同じ文部省(当時)管轄の「学術用語集」と「学習指導要領解説(中学校指導書理科編)」の間で表記に齟齬があったのか。
これは当時の中学校指導書理科編の担当者のチョンボ以外の理由が思い浮かびません。おそらくずっとその人はもの思いついたころから「ばねかり」と呼んでいて「ばねかり」だなんて夢にも思わなかったのではないか。
そして、平成20年9月の改訂の時に担当者が代わり、「ばねかりだろう、常考」と学術用語集も確認したうえで修正したのではないかと。

当時の関係者から話を聞きたいけど畏れ多くて聞けない…。