「リンゴは木、バナナは草だそうです。木と草のちがいは?」という御質問を賜りました。
バナナって木でなくて草なんですね。解説はこちら。
じゃあ草と木の違いは何なのでしょう。どうやらこういうことらしいです。
そして、野菜と果物の定義とかも農林水産省や全国農業協同組合連合会(JA)なんかでも微妙に言っていることが違うし、トマトは野菜か果物かアメリカでは裁判で、それも最高裁まで争われたことがあるそうです(1893年の「ニックス・ヘデン裁判」)
いずれもスパッと分けられる話ではない、ということがわかりますね。
ただ、こういう分類って、人間の生活と深く関わっているため、「●●は当然、木(果物)でしょう。××は草(野菜)に決まってるじゃないですか!」というふうにはじめに分類結果ありきで、そのあとに分類法をむりやりでっちあげているような木が気がします。いわゆる「大人の事情」というか「談合体質」というか「超法規的措置」というか、いい意味でいかにも日本的なアバウトさがそこにあるように思えるのですよ。
それなのに、その分類法を金科玉条のようにとらえ、厳密に草と木、あるいは果物と野菜を分類して、「●●が草(野菜)?木(果物)じゃないの~?」とあえて通常の感覚とズレを起こしてしまう例をあげてあ~だこ~だいうのは、私にはちょっと無粋に感じちゃったりします。
んで、こういう無粋さって理科(自然科学)の中に結構多くあって、それが子どもだけではなく大人の理科離れを増やす、さりげない一因になっているような気がしてなりません。
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