礫岩か砂岩か
礫岩か砂岩かの違いは粒の大きさが2mmを境に分けることになっています。とはいえ…
①そもそも分ける意味があるのか。
大きいものもあれば小さいものもありますが、どれも同じ岩石が壊れてできた破片です。にもかかわらず「礫岩」「砂岩」「泥岩」のように別物として分ける意味があるのでしょうか。
⇒まあ大きいのもあれば小さいのもあるならば、大きさで分けたくなります。
②なんで2mmなのか。
たとえば1mmとかではダメなのか。
⇒分ける以上どこかで切らなくてはならない。とくに砕屑岩のような大小の粒径が連続的にあるものだと、2mmにせよ1mmにせよ「ここを基準に分類する」という自然科学上合理的な理由がない。でも、2.1mmも1.9mmもほとんど変わりはないのに、片方は「礫岩」「砂岩」と運命の分かれ道になるのは忍びない気がするのはわかる。
③いちいち粒の大きさを測るのか。
フィールドでは粒形が2mmより大きいか小さいかを正確に定規で調べる人なんていません。目視で見るので、さすがに5mmくらいだと砂岩とは呼ばず礫岩となるし、逆に1mm程度だと砂岩であって、礫岩とは呼ばれませんが、2mm前後なら、人によって礫岩だったり砂岩だったり「礫岩と砂岩の間くらいのやつ」だったりします。つまり、2mmという基準で厳密に運命の分かれ道となるのを回避しているのです。

人為的な分類と本質的な分類
②なんで2mmなのか。
というところをさらに深掘りしてみましょう。このケースの場合、2mmの代わりに1mmで切っても、4mmで切っても、どこで切っても、結局切れ目の付近では、ほとんど同じような大きさなのに、別のグループに分類される、という悲劇は変わりません。
粒径という連続するものを観点とする場合、どこで切ったとしても、科学的な根拠のない、人為的な分類にならざるを得ません。
これは例えば堆積岩を、成因を観点として「岩石由来」「火山噴出物由来」「生物の死骸由来」などを基準とするような、自然科学的に根拠のある本質的な分類とは異なるものです。
本質的な分類だと、区分肢(グループ)には特徴をもっていることがあるので、その区分肢に含まれる被区分体は、その区分肢の特徴をもっていると推察できます。たとえば、トウモロコシ(被区分体)は単子葉類(区分肢)なので、トウモロコシは平行脈でひげ根(区分肢の特徴)と推察できるわけです。
これに対し人為的な分類だと区分肢(グループ)に明確な特徴がもちにくそうです。
アバウトな分類
③いちいち粒の大きさを測るのか。も深掘りしてみましょう。
ところで、区分肢どうしの境目がアバウトな例もあります。分類というと厳密な基準で分けなくてはいけない感じがしますが、0か1かでは決められない、バナナはおやつに入るか、という遠足の注意事項を聴いたときに小学生がする質問のような、グレーゾーンというのが世の中には確実に存在します。
ちなみに「バナナはおやつに入りますか」という質問の本当の答えは、「そんな質問をしてはいけない」。グレーゾーンについてはできるだけ目立たないように黙ってやるのが大人の世界のお約束。取り締まる側は実際に見かけたときは黙認するつもりでも、真似してやる人が増えてくると大っぴらにやるやつも出てきて弊害が生じたり、面と向かってルール確認されたりした場合、Yesのスタンスだと無法地帯になったときの責任が回ってきてしまうので、NOと言わざるを得なくなる。
グレーゾーンを攻める場合、事前に許可を得るより、事後に指摘されてから許しを請うほうがある意味効率的な戦略といえる。ただし、申告納税を除く(加算税があるから)。
世の中には、一応の基準(線引き)はあるものの、そこまで正確に分類する手段も必要性もないので、実情はアバウトな分類というのも存在するのです。特に地学領域。
一言で言えば、こまけぇこたぁいいんだよ!!
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