2141 子どもを理科好きにする科学偉人伝60話/科学人物伝(月刊プリンシパル)

 思うところがあり、過去の執筆などを掘り起こしています。特に旧ブログを始めた2009年11月以前は、ブログ記事としても使われていないので、引っ張り出してブログに記録しておきたいと思います。隙自語の続編の代わりにもなるし。
 まずは2008ー2009年頃にでた、学事出版の科学史に関する本・雑誌について振り返ります。

子どもを理科好きにする科学偉人伝60話

 2007年5月、わくわく理科タイムの連載は続いているものの、自分の原稿は2006年7月を最後に、1年近く離れていたころ、科学史の本を書かないかというお誘いをいただきました。
 で、担当したのが生物分野からパブロフ、カーソン、ガルヴァーニ、地学分野からフーコー、ゲーリケ、コリオリと6名。専門は化学ですが、こういうところに参加する先生は化学専門の先生は多く、若手の自分は気象予報士ということもあり、手薄な地学領域を担当することがよくあり、この頃にはすっかり第2分野キャラが定着していました。

 2008年6月に学事出版から刊行されましたが、2025年現在、この本は絶版しているようです。

科学人物伝(月刊プリンシパル)

 で、「偉人伝」を入稿した後、そっちの出版はまだなのに、同社で出している雑誌「月刊プリンシパル」で2008年4月号から「科学人物伝」という連載が始まり、そちらの原稿も書くことになりました。
 「プリンシパル」という雑誌名から推察できる人もいると思いますが、校長先生向けの雑誌です。「学校講話と校長学の専門誌」というフレーズが表紙にあります。つまり、朝礼なんかでやる「校長先生のお話」のネタという位置づけなんでしょうね。しかしそれを私みたいなヒラの教諭が書いてるってのも、いろいろどうなのよ、と思いますが、2年間続いた連載で2回ほど担当し、「偉人伝」では登場しなかった科学者を取り上げました。
 なお、残念ながら「月刊プリンシパル」は2022年3月号をもって休刊と相成りました。

「ハンス・セリエ ストレスは人生のスパイスだ」(平成20年6月号)

 ということで、連載第3回目になる2008年6月号で書かせていただきました。
 ちなみにこの連載の初回を担当した先生ですが、…今(2025年12月)になって17年前の衝撃の事実に気づいて驚愕しています。17年前も驚きはしましたが、3日前(オープンになったのは4日後)というタイミングだったとは…これ以上のことは私の口からは何も言えませんので、この件にはどうか深入りしないでください。(あまりにもの衝撃だったので自分用メモとして置いておきます)

 それで今回紹介した人物はハンス・セリエ。ストレス学説を唱えた生理学者です。実はハンス・セリエは注射が苦手で、しかし意外なことにそれがストレスの発見につながってくるという展開は、「苦手なことがあってもいいんだよ」みたいな校長先生のお話につながってくるかなと思って書いてみました。

「ニコラ・テスラ 交流システムの発明 エジソンのライバル」(平成21年4月号)

 そして2009年4月号で2年目のトップバッターを務めさせていただきました。

 取り上げたのは、ニコラ・テスラ。そういや「偉人伝」になかったなということで。知る人ぞ知るエジソンのライバルです。
 エジソンといえば「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」という言葉が有名ですが、他にも「私は失敗したことがない。ただ、1万通りのうまくいかない方法を発見しただけだ」という言葉にもあるように、果てしない努力をしていたわけです。しかしそれは酷というか無茶苦茶失礼な見方をすると、小学校中退で学のないエジソンは、戦略とか「これは常識的にないだろう」という判断はできず、ただひたすら手当たり次第にやってみるという非効率的なやり方しかできなかったといえるかもしれません。
 これに対して、テスラは最先端の学問を修めていました。だから交流コイルなんてのも作れたわけです。もし、「フィラメントに合う物質を探せ!」という同じ課題を同時に与えられたら、テスラの方が圧倒的に早く京都の竹、ひょっとしたらもっといい物質を見つけていたかもしれません。
 なので、私はよくこの2人を「主体的に学習に取り組む態度」の2つの側面のイメージとして使っています。「粘り強く取り組もうとするエジソンのような側面」と「自らの学習を調整しようとするテスラのような側面」と。
 ただ、今回は校長先生のお話のネタという趣旨なので、エジソンとの対立をメインには起きにくいため、彼の支持者、ウエスティングハウスとの関係を中心にもっていきました。テスラがエジソンのもとを去り、設立した研究所が資金難で苦境に立たされていたときに、ウエスティングハウスが資金援助で手を差し伸べる。そして研究は成功したものの、今度はウエスティングハウスが窮地に立たされる。会社を存続させるためには、テスラへの特許料が重くのしかかっていた。ウエスティングハウスの窮状を知ったテスラは、「あの時助けてくれたから」と契約書を破り捨て、多額の特許料をフイにする。その後テスラは無線通信技術の開発の失敗で堕ちていき、経済的にも苦境に立たされていく。それでもウエスティングハウスへの感謝の気持ちは忘れていなかった…。
 今読むと、文章の構成がいまいちで伝わりにくかったな…と反省。

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