たとえば全国学力調査や、それを意識して作られる活用力を問うような試験(検査・調査)では、知識の他に、本当の意味での思考・判断・表現の力を測ろうとしています。だから、前々回に言及した、今まで生徒が授業などで体験したのない場面や事象をもとに、授業で学んだ手法を使って探究できるかを測る問題を毎回新しく作っています。
ここでは「思考・判断・表現」といっていますが、「理科教師のための作問入門」シリーズにおいては、知識の概念的な理解(旧「適用」)も含めています。
同じ問題を出して過去問対策している生徒が知識で解いてしまうという事態を避けるためには、新しい問題を作り続けないといけません。しかし、ちょうど鉱山から鉱物を根こそぎ掘りつくすように、ネタが尽きたり、問題としてのクオリティが下がったりするなど、持続可能ではないのではないかという危惧も一方であります。
もちろん、プロの将棋で全く同じ棋譜がないように、事実上無限に問題が作れるのかもしれません。しかし、本当に無限なのか、有限だけど人類が使いつくせない程度にたくさんある(事実上の無限)のか、それとも有限で、そのうち全部使い切ってしまうのか、私にはわかりません。
試験によってはそこまで高い完成度にしていく必要はないかもしれませんが、ここでは、思考・判断・表現など活用する力を測る問題を、自然の事物・現象の鉱山から鉱石を取り出す方法を考えたいと思います。
まずは素材
で、そのような新場面問題を作問するにあたって、最初に悩むのが「素材」です。
どのような事物・現象をもとに問題を出していくのか。できれば一つの事物・現象で大問を一つ作り上げたい。つまり、試験のパターンに沿っただけの小問の数をそろえたい。もちろん、そこには思考・判断・表現の問題をいくつか入れる必要があるわけで。
素材の良し悪しで問題が作りやすいか、そして良い(美しい)問題となるかが決まる、と言っても過言ではないでしょう。
そしてその素材候補のストックは多い方がいいのは言うまでもありません。
1つの完成された問題の裏には、失敗したり,失敗しそうだから撤退した日の目を見ることなく消えていった素材(アイデア)が大量にあるわけです。なので大量の素材(アイデア)から(掘り下げていけば)使えそうなものと(掘り下げていっても)使えなさそうなものをいかに素早くかつ正しく分別できるか、つまりトリアージする力が効果的な作問のためには重要になってきます。そのスキルは「どう持っていけそうか」「どう広げられそうか」という勘もあるものの,アイディアを沢山出せるからこそ、一つ一つのアイディアに固執せず、ちょっと考えて難しそうならば「見切り千両、損切万両」の精神で捨てていける(ただし、またどこかで作問するときに復活する可能性は0ではない)という素材ストックの余裕、そしてそれによって生じる心の余裕が不可欠なのです。
ところが経験の少ない先生が作問しようとすると、素材の候補が一つだけで、その唯一の素材に固執して問題を作りがちです。しかし、出したい問題としてその素材がマッチするとは限りません。
私だったら最初から複数の素材を検討するので、イマイチなものはかなり早い段階でその素材を捨て、別の素材を検討するのですが、素材のストックがない人はその素材にしがみつくしかないので、どうしても作問のクオリティが下がってしまうのです。
それでも問題になっていればまだいいのですが、もはや問題として成り立ってない状態で投げ出され、それをなぜか私が何とか問題として成立させなくてはならなくなることがしばしば、あまりにもしばしばあります。基本的にこの素材では無理があるだろう、と思いながら、でもその先生のこれを素材にしたいという思いやこだわりを否定したりぶち壊したりするのもまずいよな~と忖度し、何とか問題として成り立たせることになるのですが、どうしても問題の質としてノットエレガントというか、なんか自分の作品(あえて思い入れのある「作品」といういい方しますね)だとは言いたくない、微妙な感じになってしまうんですよね~。
質のいい(問題とマッチした)素材を探すには、まず自分が使える素材の量が必要なのです。
ではどうやってその「素材」を見つけて、大問として育てていくか、定期試験用の問題として作問したキングチーターの遺伝の問題を例に見ていきましょう。
まだ完成された問題をご覧になっていない方は先にご覧ください。
この問題はどうやってできたのでしょうか。
2012年、ちょうど旧ブログが毎日更新と軌道に乗ってきた頃の話です。毎日更新ということはそれなりにネタも必要になるわけです。そんな中で、動物園、特に新しくいく動物園は1回行くと写真が何百枚も撮れるので何日分ものブログ記事になるのでねらい目ということに気づきました。でも、上野動物園や葛西臨海水族園はすでに何度も行っているので、あまり新しい写真は撮れなさそう。そこで、ちょっと遠いけど未踏の多摩動物公園に行ってみようと思ったわけです。
そうしたらチーターのところでこのパネルを見つけたわけです。
「あ、これ、メンデル遺伝のことじゃん!これをネタに問題が作れんじゃね?」
あとはウラをとったり、チーターの家系図を調べたりして、エンドウの遺伝の実験での考察を意識しながら問題として組み立てていったわけです。
小問(2)(3)では、授業でやった3:1ではなく確率を問うかたちになっているので、少々微妙なところがありますが、メンデルの法則をしっかり活用した問題に仕上がったことがお分かりいただけるかと思います。
エンドウと違い哺乳類ですから何百、何千も子ができないので、統計的な話はできず確率論になるのはやむを得ないところではあります。
そして、これをエンドウに置き換えたら、(4)以外は、授業でやったメンデル遺伝の考察の再生となり、一気にありふれた問題になることにお気づきになった方がいらっしゃるかもしれません。
素材を選ぶことの大切さをお分かりいただけたかと思います。
ちなみにメンデル遺伝の例としてカイコも面白いです。カイコだったら飼育も可能なので、興味のある生徒と科学的に探究してみるのもアリかな…と思ったりもしたのですが、20年以上前にすでにやっている中学生がいました。
それはともかく、作問入門としていちばんおさえておきたいポイントは、作問とは関係ないことをしているときに「あ、これで作問できるんじゃね?」と気づいたというところです。
逆に言うと、「こういう問題を作りたいんだけど、どこかにいい素材はないかな…」と探しているようでは、なかなかいい素材は見つかりませんよということでもあります。
もちろん、キングチーターの事例は、偶然によるものじゃないか、と言われればそれまでです。ただ、偶然だった、運がよかったとしても、「キングチーターがメンデル遺伝の問題に使える」というような素材を発見する確率を上げる仕掛けと仕組み(努力とは言いたくない)はあるのかなと思っています。
まああれです、堺屋太一が言ってたやつ。
運の良さというのは実力の一部でね。運がいいだけのような人物に見えても、実はその運を掴むためには、いろいろと日頃の修練をしているものです。
で、その「修練」(というほどのものでもない)にあたるのは大きく2つあります。
一つは、自然の事物・現象と関わる頻度を上げるということ。今回、私は動物園に行って気づいたわけですが、動物園によく行く人と全く行かない人では、キングチーターの発想が浮かぶ確率はどちらが高いでしょうか。
二つ目は、今の授業(自分の授業という意味でも、現在の理科教育という意味でも)にツッコミどころをもっているか、という点。
この例では、前々から「メンデル遺伝って中学ではエンドウの事例ばかりでいい加減飽きたな…」という思いもありました。
高校生物ではいくつか事例があるものの、ほとんどは単純なメンデル遺伝ではなく、いろいろな変化球のものばかり。シンプルなメンデル遺伝として見つけても、ヒトにまつわるものは人権的配慮が必要だし、それ以外は(生徒が興味を持つかという意味で)あまりインパクトに欠ける形質だったりして、いいものがないかな…ゆるく探していた(頭のほんの片隅に意識していた…もはや無意識だったかも)ところがありました。
それがなければ、あのパネルを見たとしても、「へぇ~」とは思ったかもしれませんが、「あ、これで作問できるんじゃね?」とは思わなかったはずです。
こう考えると緩くですがずっと素材探しをている、と言った方がいいかもしれません。
そして、プライベートの時間まで理科とか自然とかに関わるのを望んでいない人にとっては、たしかに「修練」かもしれません。
…がこれって、「素材探し」を「教材研究」に変えれば、「いつも心に教材研究を」とかいって、すでに教材研究×理科 観察・実験、指導のポイントがわかる超実践ガイドで紹介したことと重なりそうです。
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ま、でも、「今まで生徒が授業などで体験したのない場面や事象をもとに、授業で学んだ手法を使って探究できるかを測る」わけですから、作問者自身が今まで体験したのない場面や事象をもとに、理科で学ぶ手法を使って探究してエモくなる経験をした場合、授業という形か問題を解くという形の違いはありますが、その経験を生徒に追体験させることができれば、よい授業や問題になりそうじゃないですか。たぶんそういうことなんじゃないかと思います。
まとめ:作問の段階になって「いい素材はないかな?」と探すのではなく、日常の生活でおっ!と思ったものを「これで問題が作れないかな?」と考えると吉!
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