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0168 学習指導要領の変遷 (2) 昭和26年改訂

「ベータ版」から「正式版」へ

 フリーソフトに詳しい人は「ベータ版」という言葉を聞いたことがありませんか。正式版をリリース(公開)する前にユーザーに試用してもらうためのサンプルのソフトウェアのことです。そこで性能や機能、使い勝手などを評価してもらって、必要に応じてその点を改善して正式版をリリースするわけです。

 昭和22年の試案は昭和26年版学習指導要領の「ベータ版」とらえるとわかりやすいです。

 すわなち、限られた時間の中で製品版レベルの学習指導要領を公開することは無理だ。だから昭和22年、いろいろ不十分なところがあるのを承知でたたき台として試案を出さざるを得なかった。そこで22年指導要領本には「報告票」をつけるなど現場からの声を集めることに徹した。そうしてできたのが昭和26年の改訂版だった-。
そういう目で、昭和22年試案からどう変わったかを見ていきましょう。

学習指導要領 一般編 (試案)  昭和26年(1951)改訂版

 昭和22年と昭和26年の学習指導要領が「ベータ版」と「正式版」の関係にたとえていることからわかるように、児童中心主義(経験主義)や試案という立場など、両者の根本的な考え方については変っていません。ただ、集まった現場の声などをはじめとする22年刊行後の調査研究の成果を反映してか、内容面では大きく変更が加えられています。

 また、最近の学習指導要領は約10年で全面改訂されているのに比べる、4年で改訂というのは、早い感じがします。ところが、昭和26年の前に、中学校においては、昭和24年にも「体育」を「保健体育」に、「国史」を「日本史」に改める等の一部改訂が行われたのは意外に知られていません。ま、その改訂内容は昭和26年版にそっくり引き継がれているというのが大きな理由だと思われます。

 昭和24年一部改訂を含めた、昭和26年の主な改訂点を見てみましょう。

「教科課程」を教科以外の活動を含めた「教育課程」に変更

授業時数について
○小学校では、教科を四つの大きな経験領域に分け、それぞれの領域にかける時間を全体の時間に対する比率をもって示した。
  例 1,2年生  国語・算数 45%~40%   社会・理科 20%~30% 音楽・図画工作 20~15%  体育 15%
○中学校では、各科目の授業時数に幅をもたせた。
  例 7年(中学1年)の理科  140時間→105~175時間
○中学校の必修教科の時間数減。
○国語の中の「習字」、社会の中の「日本史(国史)」の学年・時数の指定がなくなった。

科目名について
○自由研究 → (小)教科以外の活動の時間 (中)特別教育活動
○(中)体育科 → 保健体育科
○(中)職業科→職業・家庭科

 注目は時間数。22年に比べて時間数に幅を持たせて、柔軟になりました。これは、各学校が児童などの実情に応じて独自のカリキュラム編成をおこなえるようにしたという意味があります。

 かくして、終戦前の画一的な教育とは打って変わって、完成した学習指導要領によって、弾力的な運用ができる教育課程のもと、児童中心主義・経験主義の教育により、子供たちの学力は向上していったのです。めでたしめでたし。

・・・というわけにはいかなかったのです。

 児童中心主義・経験主義で教育を行うことによって、戦前なら児童生徒が当たり前だったはずのことが身についていないなど、「学力」がつない、しつけができないという問題点が出たのです。系統性や体系というものを考えず、具体的な活動ばかりでせっかく問題解決学習をしても、学んだことが他に活用しにくいのです。さらに、授業時数の幅は、地域や学校による学力格差を生みだしました。そんなこんなの批判が、保護者や教員、教育委員会関係者の一部、などなどから出るようになったのです。「這いまわる経験主義」…これは前回もお話ししましたね。

 なかには公立はだめだからと私立に通わせようとする保護者も現れ、さらにそれをサポートする塾も出始めます。昭和30年ごろにはもうそんな「お受験」が、割合としてはごく少数ですが、あったというところが驚きです。

中学校・高等学校学習指導要領 理科編(試案) 昭和26年(1951)改訂版

 昭和22年の時は小中学校を対象とした「学習指導要領理科編(試案)」と高校を対象とした「高等学校学習指導要領 物理・化学・生物・地学(試案)」と分かれていましたが、昭和26年には中高で「中学校・高等学校学習指導要領 理科編(試案)」が発行されました。ちなみに小学校は翌年にずれ込んで「小学校学習指導要領 理科編(試案) 昭和27年(1952)改訂版」が出ています。

 中学校ではひっくるめて「理科」を履修しますが、高等学校においては、物理・化学・生物・地学の4科目(各175時間)のうち、1つ以上を生徒が選択します。これは昭和22年のときと変更ありません。

 次に単元構成をみてみましょう。学年ごとに主題を掲げ、それに基づいて単元が示されています。22年版では学年ごとの主題を示さなかったので、扱う学年が変更されている単元もあります。

第1学年 主題「自然のすがた」
単元Ⅰ 季節や天気はどのように変化するか。また,これらの変化は人生にどのような影響を及ぼすか
単元Ⅱ 地球の表面はどのような形をしているか。また,それは人生にどんな影響を与えるか
単元Ⅲ 水は自然界のどんなところにあるか。また,水は生活にどのようなつながりをもっているか
単元Ⅳ 生物はどこで,どのように生育するか
単元Ⅴ 地下はどのようになっているか。また,そこからどのような資源が得られるか
単元Ⅵ 天体はわれわれの生活とどのようなつながりをもっているか

第2学年 主題「日常の科学」
単元Ⅰ われわれは自然界のどこから食物を得ているか。また,それをどのように使っているか
単元Ⅱ われわれが健康を保ち進めるためには,どのような飲食物や衣服を必要とするか
単元Ⅲ 家を健康によく安全で便利なものにするにはどうしたらよいか
単元Ⅳ 熱や光は近代生活にどのように利用されているか
単元Ⅴ 電気は家庭や社会でどのように使われているか
単元Ⅵ 機械や道具を使うと仕事はどのようにはかどるか

第3学年 主題「科学の恩恵」
単元Ⅰ 科学の研究は生物の改良にどのように役だつか
単元Ⅱ 天然資源を開発利用し,さらにこれから新しい物資をつくり出すのに科学はどのように役だっているか
単元Ⅲ 科学によって見える世界はどのように広がったか
単元Ⅳ 交通に科学がどのように応用されているか
単元Ⅴ 通信に科学がどのように応用されているか
単元Ⅵ 科学は人生にどのような貢献をしているか

中学校・高等学校学習指導要領 理科編(試案)改訂版 第Ⅳ章 中学校理科の単元とその展開例 第1学年 第2学年 第3学年 より抜粋

では、こんな生活単元学習の教科書にはどんなことが書いてあるか。単元Ⅰ 季節や天気はどのように変化するか。また,これらの変化は人生にどのような影響を及ぼすか の単元から拾ってみると…

夏は湿度が高く湿気が多い。このため、細菌が増えて食物がひじょうにくさりやすく、中毒を起こしやすい。また、氷やアイスクリームなどの冷たいものをたくさん食べがちである。したがって消化器の抵抗力は弱められる。また夜は暑いためふとんをぬいだりして腹を冷やし、抵抗力はますます弱くなる。さらに都合の悪いことには、せきりや腸チフスの病原体は夏の温度でははんしょくがますますさかんになる。これらのために夏には消化器の病気がふえるのである。

「中学生の理科 自然のすがた(上) 第1学年用」三省堂、1951

 うん。いや、たしかに言っていることはその通りだし、生活に密着しているんだけど、ずっとこんなノリでトピックス的知識を延々と書かれると、どうなんだろなと。
 そっか。どうなんだの答えが、学力低下だったわけですね。なるほど。
 全く関係ないけど、このころは三省堂も中学理科の教科書出していたのね。

 一方、こちらは昭和30年代の教科書です。なぜかうちの学校の理科準備室の本棚にありました。「自然のなぞ」とかタイトルがついてますが、なんで今まで本棚にあったかの方が謎です。
  
 これは1年生の教科書の扉です。左上に昭和34年とありますが、次の昭和33年学習指導要領が中学校で実施されたのは昭和37年からですから、一応26年試案の時代ということになります。ここで、単元が書かれていますのでよく見てください。

 生物界のすがた、生物の生活、水と空気、水と溶液、燃焼、熱、気象、音 となっていますね。上にあった>第1学年「自然のすがた」の各単元と比較してみてください。指導要領にあった「天体」はありませんし、逆に「音」という単元があります。児童生徒や保護者の学力低下の不安に応え、法的拘束力のない「試案」から脱却し、次期指導要領も気にしながら、系統性を重んじたオリジナルの構成で教科書をつくっていったものと考えられます。

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