オンラインミーティングによる理科教育の学習会でスピーカーをやってきました。
テーマとしては8月の理科教育学会で発表した鉄と硫黄に代わる2種類の物質を反応させる実験の検討 ―銅と硫黄、銀と硫黄の反応―ですが、あちらは発表12分+質問3分なのに対し、こちらは35分も持ち時間があるので、このままだと討論の時間がむちゃむちゃ増えてしまいます。そうすると参加者数が少ない場合、誰からも意見の出ない針の筵の時間が続きますので、内容を追加しておきました。
追加した内容は大きく2つ。「鉄と硫黄をむすびつける生徒実験はいつ頃からか」「化学物質アセスメントの面からきちんと対応するなら」。
前編では「鉄と硫黄をむすびつける生徒実験はいつ頃からか」についてみていきます。
戦後の学習指導要領の変遷を軸に、それぞれの時代の資料にあたりながら、鉄と硫黄の実験はないか探してみました。
試案の生活単元学習では、鉄と硫黄の反応など生活にまず出てこないですから登場しないのは良いとして、系統化された昭和33年はどうかというと、水の合成はともかく、硫黄の反応はありません。また、3年生での「おもな気体の性質」という小項目があるのですが、1年生で水素と酸素が学習済みなので、3年のここでは二酸化炭素,塩化水素,アンモニア、アセチレンまで挙げられているのに、硫化水素は登場しません。
本格的に登場したのは昭和44年の改訂で、2年生が学習する
第1分野
(6)物質と原子
ア 化合物と元素
(ア) 物質には,熱,電流などによって,分解されるものがあること。
(イ) 物質には,化合物と元素とがあり,化合物は元素に分解されるが,元素はそれ以上に分解されないこと。
(ウ) 炎色反応や輝線スペクトルによって,化合物の成分元素の一部が推定できること。
文部省 中学校学習指導要領 昭和44年4月
というところの(ア)の項目です。
あれ、(ア)は分解についての話じゃないか、(ウ)まで読んでも「化合物」という言葉はあっても「化合」という言葉は出てこないじゃないか、と気になった人もいるかもしれませんね。私もそこが気になりました。
しかしこの時の中学校指導書(現在の学習指導要領解説にあたる)をみると、この部分の解説が次のように挙げられています。
ここでは、物質の分解、化合、化合物、および元素などについて、定性的な実験を通して理解させる。(略)
(ア)について
塩素酸ナトリウム・酸化水銀、あるいは水などを分解する操作を通して、化合物についての定性的な理解を得させる。また、分解と分離、化合と混合、および化学変化と状態変化などの概念の区別について理解させる。このときの実験には、適度の加熱や電流を通すことによって、分解されない物質もあることを示すのもよい。(略)
文部省 中学校指導書理科編,p96-97(1970)
とあるように、学習指導要領の本文ではないので法的拘束力の有無についてまではさておき(それでも教科書会社ではなく文部省がつくった指導書なので、こう教えろよと教師側が文部省から指導されているようなプレッシャーを感じます)、単純に分解についてだけやればよいというものではなさそうなことが読み取れます。
また、実験という目で見ると、分解は塩素酸ナトリウム・酸化水銀、あるいは水と物質を例示して「分解する操作を通じて」と実験をマストとしているのに対し、化合については混合との概念の区別について理解させればよく、実験をやれとまでは言っていません。
一方、昭和44年の改訂と言えば、教育の現代化ということで、化学ではCBA化学やケムス化学などアメリカでは様々なカリキュラムが開発されました。当時の資料を調べたところ、イギリスで開発されたなフィールド化学において、鉄と硫黄の実験が紹介されていました。もっとも、アスベストペーパーを使っているなど、器具や操作法は現在とは異なっています。
昭和44年の学習指導要領の改訂で鉄と硫黄の実験が登場したことを裏付ける資料として、レイメイ書房の「増訂化学実験プロセス図説」があります。昭和41年に刊行されたこの資料は、表紙をめくったところに小中高校の化学実験の項目を、縦に学年、横に金属とか有機化学とかのジャンルを分けた一覧表を掲げてあります。その中には鉄と硫黄の化合はなく、当然本文にもその実験の紹介されていませんが、
昭和47年に刊行された「新教材補遺・化学実験プロセス図説では」、おそらく昭和44年の改訂で追加された実験が掲載されているのですが、こちらには一覧表の中学2年、金属のところに鉄とイオウの化合Ⅰ・Ⅱと追加され、本文にも実験が紹介されています。

当然教科書にも生徒実験として扱われています。昭和49年の大日本図書の教科書「改訂中学校新理科1分野1」では本文のみならず、巻頭にある口絵でも実験の様子が紹介されています。
一方、先ほど示した中学校指導書では、分解は何を分解するかを例示してまで実験をすることを前提としていましたが、化合についてはそもそも実験しろとは言っていないので、当然化合させる物質の例示はされていません。なので、化合させる物質は鉄と硫黄の組合せとは限らず、昭和49年の啓林館「改訂理科1-下」のように、銅と硫黄を化合させるケースもありました。
なお、昭和52年に改訂された学習指導要領では
第1分野
(1) 物質と反応
ウ 加熱と分解・化合
(ア) 加熱により分解する物質があること。
(イ) 加熱すると二つ以上の物質が化合することがあること。
文部省 中学校学習指導要領 昭和52年7月
と、学習指導要領本文に「化合」ということばが登場し、指導書では
(イ)について
ここでは、加熱によって2種以上の物質が反応して新しい物質ができることを観察させ、化合が化学変化の一つであることを理解させることがねらいである。
化合の実験に用いる素材は、前項(ア)と同様に、できるだけ変化の様子が分かりやすいものを選ぶ。例えば、イオウと鉄粉、イオウと銅粉などの反応が考えられる。
文部省 中学校指導書理科編,p26-27(1978)
とめでたく指導書でイオウと鉄粉、イオウと銅粉などの反応が例示されています。
ここまでいろいろと話してきましたが、学会発表でいうと、表紙の次、2枚目のスライドの話、導入の中の導入でここまで脱線してしまいました。


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