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2144 わくわく!理科タイム

 「わくわく!理科タイム」とは「朝日小学生新聞」に2004年4月から2009年11月まで毎週水曜日に連載されていた、小学生にもできる実験を紹介したコーナーです。
 厳密には2006年4月からは「もっとわくわく!!理科タイム」とタイトルがマイナーチェンジしているのですが、イラストレーターが代わっただけで、本質的には何も変わっていませんので、それを含めて「わくわく!理科タイム」と呼ばせていただきます。
 執筆者は小学校・中学校の理科の先生が交代で執筆していて、日本化学会化学教育協議会の事業の一つでもあります。なので「定番!化学実験」のように先生たちが集まって編集会議で原稿を検討していくスタイルが踏襲されました。(メーリングリストも使いますが)

 そして「わくわく」は自分の理科教師としてのキャリア上、指導される側から指導する側に変わったという、大きなターニングポイントになった仕事でもあります。

担当した原稿一覧

【前期(2004.4-2006.7)】
積算電力計で消費電力チェック (2004年6月9日)
紙のサイズにかくされた数字 (2004年6月16日)
目がふたつあるのはなぜ? (2004年9月1日)
天気予報はどれくらい当たる (2004年12月8日)
白黒のこまを回すと色が… (2005年1月12日)
どこまで遠くが見えるかな?(2005年2月23日)
水が勝手に動き出す(2005年3月9日)
空気は意外に力持ち(2005年4月27日)
マリモを水にうかべ観察すると…(2005年5月25日)
同じ気温でも涼しく感じる手がある(2005年7月6日)
感熱紙の不思議いろいろ(2005年8月24日)
りんごの色はなぜ変わる(2005年11月2日)
冷凍庫で霜柱をつくってみよう(2005年11月16日)
紙の繊維はどっち向き?(2006年2月1日)
マヨネーズの科学(2006年2月22日)
太陽の熱であたためよう(2006年7月12日)

【後期(2008.1-2009.9)】
雪は天からの手紙(2008年1月9日)
マグデブルグの半球の実験(2008年3月12日)
酸性雨の影響を調べよう(2008年4月2日)
つくってみよう「しんきろう」(2008年4月16日)
クスノキを丸ごと観察(2008年5月28日)
バナナで紫外線チェック(2008年6月18日)
指紋をとってみよう(2008年7月16日)
オブラートの性質を確かめよう(2008年9月3日)
ペットボトルで竜巻をつくろう(2008年9月17日)
正しく使おう防虫剤(2008年10月1日)
知ってる? プルフリッヒ効果(2009年1月14日)
耳を使わず骨で聞く?(2009年2月4日)
ドアがゆっくり閉まるわけ(2009年2月18日)
振り子がゆれるリズムをつかめ!(2009年3月18日)
カップめんの秘密(2009年4月29日)
タマネギを切っても涙が出ない方法(2009年5月13日)
くるくる回る。どちらに回る?(2009年6月10日)
缶ジュースを早く冷やすには(2009年7月8日)
紅葉をつくってみよう(2009年9月23日)
月のもようをよく見てみよう(2009年9月30日)

前期と後期

 2004年4月から2009年11月までと、5年7カ月もの長期間にわたって連載されていたので執筆メンバーも主査を含めかなり入れ替わっています。私も上述の通り、最初の2年ちょっと参加したあとは、1年半ほどのブランクがあり、2008年になって大量に執筆しました。
 便宜上、ブランク前の期間を「前期」、復活後を「後期」と呼びます。

前期
 「定番!化学実験」の編集会議のときだったと思うのですが、化学会の担当者がわざわざ朝日学生新聞社に行って直談判して小学生向けの実験の連載を取ってきたという話を聞きました。で、執筆は小中学校の先生だということで私を含め、定番のメンバーが何人か関わることになりました。
 で、連載の方針、たとえば、お話だけで終わるのではなく、観察や実験などを必ず入れることだとか、2つのステップに分けるとか、「理科」に固執せず算数や家庭科、体育のような視点を入れるのも可だとか、キャラクターをどうするか、というところまで話し合いました。
 また、新聞社の編集担当の方もいらっしゃり(ただし理科に詳しいというわけではない)、季節などを意識して記事を載せることだとか、子供向けの新聞なのでお酒とかはイラストだけでもダメだとか、新聞連載の裏側のへぇと思うことをいろいろ教えてくださいました。
 で、当時私は30代前半、周りの先生はベテランが多く、若手として紛れ込みつつも、積極的に原稿を出して、貴重なご意見もいただきながら原稿を作り上げていきました。ただ、慣れていくうちにだんだんと、心の中で「その指摘は違うんじゃ」「そこを変えたらこの原稿のいいところが潰されるでしょう」「逆に、どうして誰もここを突っ込まないの?」「この人、わかってないんじゃね?」と不遜な思いがふつふつとわくこともあり、少しずつモチベーションが下がって、編集委員の名前は残したまま、原稿も出さなくなり、会議にも出なくなっていきます。

後期
 なぜ自分が「わくわく」に復活したのかはよく覚えていません。 主査も代わり、書き手が減ってきたからのような気もしますが、自信をもって言えません。ただ、ブランク中に編集の方から「先生また原稿書いてくださいよ」と言われたのは覚えていますが、それでまた書き始めたとも思えないし…。
 とにかく復活しました。ただ、前期は27カ月で16本の原稿、3カ月で2本弱のペースでしたが、後期は21カ月に20本と、ほぼ月1のペースで、なんなら月に2回書いていたことになり、かなりのアップペースでした。
 そして前期に比べて、ベテランの先生は少なく、むしろ自分が20代の先生方に原稿のアドバイスをしていくことが多くなり、学校でもそうですが、教わる側から引っ張っていく側に立場が変わっていくのを実感しました。
 ただそうなったとき、かつての自分のように若手の先生に不遜な気持ちを起こす、特に「自分の原稿(に込めた想い)をつぶされる」ようにはしたくなかったので、「この原稿のいちばんのポイント(売り)は何か」という意図ころに注目してそこを大切にするような原稿修正の方向を提案するようにこころがけました。
 とはいえ原稿としてはカップ麺とかプルフリッヒ効果とかドアクローザーとか、斬新なものやらせてもらったなぁ。さすがに織姫と彦星はボツになりましたが…。

書籍化

 「わくわく」の初期の原稿は書籍化しています。掲載時の原稿に加え、実験の解説などを加えたものです。ただし、出版不況のためか、連載の途中の3巻で終わってしまいました…。

 なお、残念ながらすでに絶版済みです。

その後の広がり

 「わくわく」では36本の記事を書いたわけですが、それはつまり、それだけのネタを用意する必要があったわけです。初期はKidsISOや気象予報士としてすでに持っていたネタを原稿化したものもありますが、ほとんどの原稿は、どこかで見聞きしたものをベースにあれこれ調べたり実験したりして原稿化したものです。そのおかげで、実験教室などでは自分の持ちネタがかなり増えたのも、わくわくの成果の一つです。
 感熱紙やマヨネーズはさっそくその後の「家庭でトライ!!」にほぼそのまま焼き直しましたし(感熱紙は「やってみよう化学実験」のネタにもなりました)、防虫剤は「やってみよう化学実験」の他に、練馬区の消費者実験教室でやることになったという多方面に展開しました。

 また「わくわく」で最盛期には月2本のペースで原稿を書いたことがのちの朝日中学生ウイークリー(現朝日中高生新聞)の「ニュースとつながる理科のツボ」「科学すぐそこに」の連載につながっていきます。「理科のツボ」の編集担当者の方が、後任の執筆者を探していた際に、「理科タイム」を担当していた編集者の方が私はどうかと紹介してくださったのです。ええ話や。で、話を聞いて飛びついたというわけ。

ブログ「理科とか苦手で」開設のきっかけでもある

 そして、「わくわく」は、このブログとも深い関係があります。
 「わくわく」の連載が終わるときに、この後これだけのメンバーが解散してしまうのはもったいないので、何か活動できないか、という話が出てきました。そのときにホームページを作ろう、という案が出てきて、「だったらブログだろう」と私が速攻でFC2ブログでドメイン名にrikatimeを入れたサイトを開設したのです。
 ところが、その後話は自然消滅し、浮いたサイトを私が個人のブログとして開設したのです。それが旧ブログ「理科室より愛をこめて」(現在の「もぬけから」)です。
 このブログはのちに「諸国民の理科」、「理科とか苦手で」と名前を変えながらも、2010年7月から2017年11月はまじで1日も休まずに毎日更新するなど高頻度で更新しそれなりに反応もあったものの、無料ブログのため容量がいっぱいになったので理科関係は有料でサーバをレンタルして開設した新ブログ「理科とか苦手で」へ移行しています。そうして「蛻の殻」となったブログはrikatimeというドメインを残したまま、建築物や文化財などを中心に細々と週1程度の更新をしているわけです。

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