「図書館教育ニュース」に書いた原稿より。2005年度の実践をもとにしています。
昔、環境ホルモンとかダイオキシンとか、騒ぎがありましたよね。この騒ぎのせいで学校の焼却炉が使用禁止になりました。今はもう鳴りを潜めているようですが、いまだに学校の焼却炉は復活していませんし、ダイオキシン類関係公害防止管理者なんて資格もあります。どう責任とるんだ、これ…
前編
読者の皆さんは 「環境ホルモン」を覚えていらっしゃるでしょうか。そうです、正式には「内分泌攪乱性物質」と呼ばれる物質で、多摩川のコイがメス化の原因といわれ、カップめんの容器やほ乳瓶が含まれていて、ごく微量で体に悪い影響を及ぼすと一時期マスコミで騒がれた、あの一連の物質のことです。
しかし、最近は地球温暖化などに比べて、今ひとつ注目されていません。そんなに危険な物質なら、なぜ最近は話題にならないのでしょうか。
卒業を前にした中学3年生を対象に、この「環境ホルモン」をテーマに、かっこよく言うと、科学技術にまつわるリスクを現代社会に生きる市民として私たちはどうとらえるべきか、さまざまな図書館資料を用いながら考えてみました。今回は、紙面の関係もありますので、その授業のなかから図書などの資料を使って行った部分を中心にお話をします。
本を借りてみよう
まず1時間目の授業の前に生徒に指示したことがあります。それは 「タイトルに『環境ホルモン』
の文字が含まれている本を1冊用意すること。なお、読まなくてよい 。自分でもっている生徒はたぶんいないでしょうが、かといって絶版した本もあるので買うのもどうかと思います。そこで図書館の登場です。学校の図書館には数冊しかなかったのですが、授業に向けて補充することはあえてしませんでした。せっかくなので近所の公共図書館にも向かわせ、そこに現在は入手が難しい当時の本をもってきてもらおうという作戦です。ただ、どうしても入手できなかった人もいたので、後に条件をゆるめて「タイトルは『環境ホルモン』の代わりに『ダイオキシン』でも可」としました。
1時間目-ダイオキシンとは何だろう
実は「環境ホルモン」について、今の中学生はほとんどが名前を聞いたこともありません。アンケートを採ってみたら、知っている生徒はわずか約10%。しかもその多くが名前だけというものです。それもしかたがありません。カップめんの容器が危険だというような騒ぎがあった1998年頃は、彼らはまだ小学校の低学年だったわけですから。
それにしても 「環境ホルモン汚染」「環境ホルモンから身を守る」などタイトルを見ただけで、環境ホルモンが何か悪者でありそうなことがわかります。さらに目次を見てみると、だいたいの内容が見えてきます。特に危険性について述べた本では、どんな物質かわからなくても 「コイがメス化する 「動物が大量死する」とその悪事は目次を見ただけでよくわかります。続いて序文を読むと、そのほとんどが環境ホルモンがいかに悪者かいうことが書かれています。もうここまで読めば、本文を読まなくても環境ホルモンがとんでもない悪者だと言うことが予想つきます。
そうしたところで、環境ホルモンとは何か、環境ホルモンがどんなに危険か、どんなものに含まれているかなど、それらの本に書いてあるような話をしました。生徒は「ふだん食べているものがそんなに危険だったなんて…」などと大変不安に思ったようです。
2時間目-容疑を晴らす
それでは、なぜそんなに危険なはずの環境ホルモンが、最近は話題になっていないのでしょうか。まず、話題になっていないということを確認するために、環境ホルモンに関する本の奥付を見てみました。いつ出版されたかを調べてるように指示したのです。そうすると、生徒がもってきた本のほとんどが1998年か1999年でした。
そこでおもむろにインターネットで国立国会図書館のサイト(http://www.ndl.go.jp/)を開きます。ご存じのように、国会図書館には日本中の本が納本されることになっています(実際には完全に網羅しているわけではありませんが) 。そこのWeb-OPACを用いて「環境ホルモン」「内分泌攪乱性物質」というタイトルを含む書籍を検索しました。ただし、検索条件として出版年を1997年、1998年…と1年ずつ変えて何冊ヒットしたかを調べたのです。また、件名でも検索してみました。その結果は図1の通りです。1998年、1999年に圧倒的な結果でした。
同様に雑誌記事検索で同様に調べてみました。国立国会図書館の雑誌記事検索・通称ザッサクといえば、その主な対象は学術論文です。すなわち、どれだけ研究がされているか、研究の流行がわかるはずです。これも図2からわかるように、1998年、1999年に集中し、2000年以降はまるで流行が去ったかのように低迷しています。そこに追い打ちをかけるように、環境ホルモンの危険性に疑問があるという話をしました。多摩川のコイがメス化したのは、実は生活排水に含まれる女性の尿が原因だった、カップラーメンの容器に含まれるエチレンダイマーの容疑は晴れたと環境庁が発表している、食器のビスフェノールAが危険なら豆腐などに含まれている大豆の方が数千倍危険だ…などなど。
ここまで授業をして、生徒に質問してみました。「1回目の授業と2回目の授業を聞いて、環境ホルモンは『やっぱり危険』と思いますか、それとも『これなら安全』と思いますか 。この結果は、後編でお話ししたいと思います。
後編
前編のあらまし
かつて、多摩川のコイがメス化したという話や、カップめんの容器が危険だ!などと騒がれた環境ホルモン。これをテーマに4回の授業をしました。事前に「環境ホルモン」とタイトルに含まれる本を借りてくるように指示しました。1時間目は、目次や序文を見て、環境ホルモンがどのようなイメージのものか感じ取ったうえで、危険性の話をしました。2時間目は、最近話題にならないということを、国会図書館のWebOPACで年ごとに検索してヒット数を比べることで確認し、1時間目で話した危険だという意見に対して否定するデータを提示しました。この矛盾した情報をふまえて、君たちは環境ホルモンについて、安全と思うか、危険と思うか、質問しました。
3時間目- 二つの悲劇
生徒たちは、環境ホルモンをどう思ったでしょうか。3人に2人が「やっぱり危険」というイメージをもっていました。一度もった不安はなかなかぬぐえないようです。
ところで、環境ホルモンのように、危険性の指摘と、それを否定する指摘の両方があり、なおかつ、安全か危険かを判断しなくてはならない、ということがこの社会にはあります。有害かもしれないけれど、無害かもしれないものを食べるか否かという判断は、ピッチャーの投げる球を、バッターが打つか見送るか判断することに似ています。
すなわち、バッターが見送ったという判断をしたときに、もし、ピッチャーが直球勝負してきたら、「見逃し」という失敗が起こります。
授業では見逃しによる悲劇の例として「水俣病」を挙げました。奇しくも今年は水俣病が公式に確認されてから50年目にあたります。被害者の団体による資料などを提示して説明します。水俣病がメチル水銀がその原因だと気づいていながらも放置していたために、住民はメチル水銀を含んだ食品を摂取し、その被害が拡大していきました。新潟でも、熊本の前例がありながら、その原因をなかなか認めず、文字通り「第二」水俣病となってしまいました。まさに「見逃しの悲劇」です。
そうして「危険だとわかってからでは遅い、少しでも危険なら徹底的に元を絶つべきだね」と生徒に振ると、素直に頷きます。が…
見逃してはいけないなら、バッターはひたすら打つことになります。しかし、もし、ピッチャーがボールを投げてきたら、今度は空振りとなって失敗です。
実はこれが、二つ目の悲劇「空振り」なのです。
これには「所沢ダイオキシン問題」を例に挙げました。99年2月1日の夜、ニュース番組で所沢産の野菜にダイオキシンが多いと報道され、ホウレンソウが暴落。ここで、新聞縮刷版の出番です。この騒動の原因となったのは二月一日の放送。翌日からその影響は出て、ほぼ月末には、放送局の責任だとか、農家への賠償という問題はともかく、ホウレンソウの容疑という面ではひとまず沈静化しました。該当する新聞記事をめくるのも良いのですが、そこは新聞縮刷版。記事索引に所沢ダイオキシン問題に関する記事のタイトルとページがまとめて載っているので、それを見るだけでもどういうことが起こったかが一覧できるようになっています。新聞記事データベースだったら、「所沢」「ダイオキシン」で検索して出てきたものを日付でソートすると、さらに簡単で効果的。
見逃しても空振りしてもいけない。でもそんなことはまず無理だ。では、どうしたらよいのでしょうか。
4時間目- では、どうするか
図書などの資料を使わなかったので詳しい内容はここでは省かせていただきますが、最後はこの授業で生徒にした質問の回答の結果をみたり、今までの内容を振り返ったりしました。その上で危険または安全と判断する人の立場も考えながら、危険・安全の判断を発表するときには、あるいはそんな情報を受け取ったときには、どうしたらよいのかを考えました。
結局、どっちなのか?
さて、環境ホルモンは、実際のところ安全なのか、それとも危険なのか。
授業の進行上、ある時はとんでもない危険物質扱いし、またあるときは危険だという意見ををケチョンケチョンに否定して安全性を主張しましたが、あくまでもこの授業における環境ホルモンへのスタンスとしては中立を心がけました。
どちらが正しいとは申しません。いや、どちらが正しいのか、たしか大学のときの専門は化学だったはずなのに、どうしても私自身判断がつかないのでわからないので申せません。だけど、それを将来社会に出て行った君たちが責任もって判断していかなければならないんだよ。それには、一生懸命情報集めて(図書館も利用して)、一生懸命勉強しなくちゃね。そんなメッセージを込めて、もうすぐ義務教育の終わる卒業前の中学三年生に4回の授業を行いました。
なので、環境関係の団体の皆様や環境ホルモンの研究者の皆様。これを読んで「こら、環境ホルモンは絶対に危険(安全)なんだよ!生徒にそう教えろ!」などと私に吹聴することは、くれぐれもご容赦下さい。
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