1631 温めると膨張するのに膨張すると温度が下がる?
雲のでき方については、以前
①空気が上昇すると、周囲の空気による気圧が小さくなる。
②周囲の空気による気圧が小さくなると、温度が下がる。
③温度が下がり露点に達すると、水蒸気が液体の水になり、雲となる。
とまとめました。
①地表付近よりも上空の方が気圧が低いので、空気が上昇すれば気圧が小さくなるのはわかる。
③温度が下がって露点に達すると、水滴ができるというのもわかる。
だけど、②の
気圧が小さくなる(空気が膨張する)と、温度が下がる
というところ、「体積が大きくなったので温度が下がった」とか説明するともっともらしく聞こえますが、なぜ体積が変化すると温度も変化するのでしょうか。
しかも、小学校で「空気はあたためると膨張する」とたしかに習いましたし、「暖かい」と「膨張」という2つのキーワードが紐づいていたはずなのに、今度は「膨張」と「冷たくなる」と逆のキーワードが紐づいています。
ただ、実験をすれば確かに膨張したときに温度が下がっている。意味が分かりませんね。
密度論には気をつけて!
さすがに理科の教科書や参考書では見かけませんが、「知○袋」サイトどころかサイエンスライターと称する人の著書でも、
膨張すると密度が小さくなるため温度が下がります。
という説明をするケースがあります。空気の中に一定量の「熱」があって、空気が膨張することで「熱」が薄まる、すなわち温度が下がる、という理科に詳しくない人にはすごくもっともらしく聞こえる説明がありますが、控えめに言って説明不足で誤解を招きやすい、ぶっちゃけて言うと違うだろそれ(怒)。
熱膨張と断熱膨張
小学校でやった「温めると体積が大きくなる(膨張する)」これは空気だけでなく、水のような液体や金属のような固体でも起こります。これが熱膨張です。
ここでは温める、つまり温度の上昇が原因で、膨張が結果となっています。そして温度が上がった原因は、たとえば太陽だったり火だったりと、空気ではない(空気から見ると)外部の熱源です。ここがポイント。
これに対して、雲を作る実験や簡易真空容器の空気を抜いてみた!場合は、ペットボトルや簡易真空容器に閉じ込められていた空気の居場所を広げた、つまり体積を大きくした(むりやり膨張させた)だけです。外から温めたり冷やしたりなど意図的に温度を変えるようなことはしていません。熱を加えていないというところが「温めると体積が大きくなる(膨張する)」という話との決定的な違いです。
空気が膨張する、すなわち体積を大きくするには、熱のようなエネルギーが必要です。
では、そのエネルギーをどこから調達するか。
熱膨張ならば話は簡単。外から熱がたくさんやってきているわけですからそれをもとに膨張すればいい。熱はその他にも温度を上げるのにも使われます。
ところが、雲を作る実験では、外からの熱を遮断している、断熱状態です。そこに無理やり膨張させる(だから断熱膨張というのです)から、そのとき必要になるエネルギー(熱)は、空気自身が今もっている熱からしか供給源がありません。外から熱をもらえない空気のなけなしの熱からさらに膨張用に使うエネルギー(熱)を奪うので、温度用の熱はさらに少なくなってしまう、つまり温度が下がってしまうのです。
上に上がるのにお金がかかるとして、誰かからもらったお金の一部を使って上昇する【したがって儲けも出る】か、自分のお金で上昇する【したがって貧乏になる】のかの違いなわけですね。
膨張するのにエネルギーがいる
ここまでやるか、という感じですが、膨張するのにエネルギーがいるという話をもう少し掘り下げてみましょう。中2の範囲をはるかに超えますが。
まず中1で、固体・液体・気体の違いというのは粒子(のちに原子・分子と学習する)の並び方の違いということを学習しましたが、そこで粒子は動いていることを知りました。分子、原子は常に揺れ動いているのです。一見静止しているように見える物体でも原子分子レベルまで拡大して見ると、揺れ動いているのです。この運動を熱運動といいます。
温度というのは熱運動している原子・分子の運動エネルギーの大きさなわけです。そして運動エネルギーというのは、速さの2乗に比例します。すなわち原子・分子の速度が速ければ温度が高い、ゆっくりならば温度が低いということになります。ちなみに、究極のゆっくりは止まっている状態ですね。これ以上はゆっくりできません。このときの温度こそ絶対0℃(0K=-273℃)で、これより低い温度が存在しないのです。
ここでは 原子・分子の動きが速い = 温度が高い とおさえておきましょう。
さてここに、シリンダー(灰色)とピストン(オレンジ)の間に閉じ込められた空気(青)があります。
絶対零度でもない限り、中の空気の分子はそれぞれ適当な向きに動いています。
空気の分子の1つ、もうすぐピストンにあたりそうな分子に注目してみましょう。
もし分子がピストンにあたっても、ピストンが動かないなら、ビリヤードの球が壁にあたったときをイメージすればわかりやすいと思いますが、ピストンに当たる前と後で分子の速さは変わりません。
しかし、ここでピストンが動いてしまうと、ピストンを動かした運動エネルギーの分だけ、跳ね返った後の分子は遅くなってしまいます。
ピストンが右側に動いたということはシリンダー内の空気の体積は増えた、膨張したことになります。そして分子が遅くなるということは、温度が下がるということです。
やはり、膨張することで温度が下がるということの説明がつきますね。
勝田 仁之: 断熱膨張は「雲の発生」を説明できているのか?,物理教育学会年会物理教育研究大会予稿集,32,pp.49-50,2015
3.考察:教育の問題として のところが面白い。 「断熱膨張によって空気の温度は急激に低下し 、水蒸気が凝縮する」で納得してしまう理由として「日常の感覚に合致する」「説明が論理構造をもっている」。あるあるある。なおここで、「授業についていくのがやっとでいちいち深く思考する(説明を疑う)余裕がないから、受け入れてしまう」というのはここに限った話ではないので却下かな。でもこのあたりをうまく悪用すると、それなりに知的水準の高い人をだませそう。(ゲス顔)
シリンダーとピストンの画像をパワポで作りました。
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