第3回からはいよいよ各領域の話題について入ります。
エネルギーを柱とする領域
理科、それも思考を積み重ねるような内容がどちらかというと苦手で、暗記でカバーしてきた人にとっては、そもそも覚える内容が少ない物理は、見ただけででシャッターを閉じてしまうほど苦手だったりします。一方で、やたらに深く納得し「美しい…」などと言い出す生徒も少数ながら存在します。
この差はいったい何なのか?
とりあえず今の自分の中では「世界観」という言葉を使っています。「電流の世界観」「力と運動の世界観」みたいなものが正しく構築できていれば「物理は美しい…」などと言い出せそうです。
生徒にこのような世界観をもたせるためには、授業でやったように、中学生にわかるように説明する(定義づける)ことが難しい「エネルギー」(「力」「電流」でやっても)について、そもそもエネルギー(「力」「電流」)とは何かということをあやふやにしたまま、どのようにイメージづくり、かっこよく言うと概念形成をしていくかにかかっています。高校ほど数式というツールが使えないので、数式に逃げず、数式でごまかさず、丁寧にイメージを作っていくしかありません。
ただ、その域に達するには、どっぷりこの世界につかる必要があるので、結局見ただけででシャッターを閉じてしまうような人には、まずどうやってシャッターを開けるかというところから問題になりますが。
それでもとにかく概念形成に成功すれば「簡単じゃん!覚えることも少ないし」となりますし、失敗すると「なに?物理わけわかんない!」ということになりますが、その差は案外わかっている人には当たり前すぎるような些細なことにきづいているかどうかで、そこさえ気がつけば一気に視界が開けてくるミラクルもある、つまり大逆転があるとすれば物理だ、ということは女子中学生の物理あるあるでも話ししましたので、リンク先をご覧ください。
ところで「量的・関係的な見方」をするために数式が登場することが多いですが、数式が示す概念を十分に咀嚼しないまま数学的処理を重ねていくと、計算問題はなぜかできるけど本質を理解していないという地に足がつかない状態になることがあります。これが本当に怖いのは、「分からない」という自覚症状は、わからないことが発生した瞬間に起こるのではなく、わからないことが積み重なってどうしようもなくなったときに起きる時間差攻撃仕様なので、気がついたときにはどこがわからないのかさえわからないことも多く、どこで躓いたのかを見つけるのが難しい、つまりわからない状態からの脱却できる可能性が低いというところです。
残念ながら、すべての物理を苦手とする生徒の「一気にわかるスイッチ」を見つけられるわけではないのです。
「つり合いの2力」と「作用・反作用の2力」って、何が違うの?
1130 つり合いの2力と作用・反作用 で語りつくしましたが、物理がちょっと苦手な方は、
0278 【力の働き6】 2力のつり合う条件 と
1126 【運動の規則性3】運動の速さと向き(3) 作用・反作用の法則 を先に見ておこう。
さらに授業で話したベーシックなところとして
0270【力の働き1】 力を1から
0276 【力の働き5】 力を矢印で表わす
電流計は直列につなぐのに、電圧計は並列につなぐのはなぜ?
電流計を並列につなぐと壊れる、電圧計を直列につなげると電流が流れないから、という誤った使い方をして不都合な点を示すという方法もありますが、ではなぜそうなるのかと聞かれると弱い。
ここは、電流と電圧の違いをもとに、それぞれを測定するには回路のどこ(何か所)をチェックするかというところに結び付けたいところ。そこには電流とは何か、電圧とは何かの本質的な理解が必要になってくるのです。
0806【電流10】 回路と電流・電圧(10)[補講]電流計は直列、電圧計は並列
さらにマニアックな話題
その他、中学理科「エネルギー」領域の教科書レベルが教えられそうだ、という方は次のような話題でさらにステップアップを目指しましょう。
実像と虚像 ~そこに光はあるのかい?~
凸レンズでできる像 レンズの公式編
「重さ」と「質量」
アラゴの円盤
液体の密度=固体の密度 の場合、どうなる?
ヘリウムの風船と慣性の法則(1)
理科の見方・考え方
1123 文京区自主研修会 視点をもって授業改善! ~見えていても見ていないもの~
その他の話題
言語化
結局、概念というか暗黙知というか、頭の中にとどまっているものを言語化(ここでいう「言語」は日本語に限らず、数式や図解でも構わない)できることが大切なのですね。
課題の設定にしろ、考察にしろ、振り返りにしろそういうところがあります。
ただもちろん、言語化の前提として、その中身を正確に理解していることがあげられます。結局、自分が理解していないことは他人に教えられないのです。
これは私の考えている未完成の理論なのですが、お笑いでいういわゆる「ボケとツッコミ」を理科での思考に応用できないかということを考えています。
すなわち「ボケ」とは「対象となる事物・現象への違和感」であり、「ツッコミ」とはその違和感を言語化(指摘)することではないかと。そしてその指摘に、うすうす気づいていたか、全く思いもよらなかった(その発想はなかった)かはともかく、同意したから笑うのではないかと。
したがって、課題の設定というのは特定の自然の事物・現象に対し、普通ならAのはずだけど、Bになっているという違和感(ボケ)を見つけて、それを「なんでやねん」と指摘することなんじゃないかと考えています。課題を見つけるスキルを、お笑いにおける「つっこみ」の技法から借用できないかなぁと。
色覚の話
色覚の話題に興味を持った方も何名かいらっしゃいました。せっかくなので紹介しておきます。


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