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0075 でんぷん? デンプン!

どうしてデンプンはカタカナで書くの?

 ようやく小中連携推進の影響で、小学校の教科書でも「デンプン」とカタカナ表記になりましたが(小学校で虫眼鏡の使い方が変わったのと同じパターンですね)。おそらくは令和元年度ごろまでは小学校の教科書では「でんぷん」とひらがなで書かれていました。

 中学校ではずっと「デンプン」とカタカナ表記だったので、テストで「デンプン」を「でんぷん」とかいて△になったとかおまけで○にしてもらったとか、混乱をきたすもとになっていました。

 それでは、「デンプン」をカタカナで書く根拠は何でしょうか。

 よく学術的には「デンプン」はカタカナで表記するといわれているので、アカデミックな世界では「デンプン」の表記はどうなのか、調べてみました。

J-GLOBAL では

 J-GLOBAL 科学技術総合リンクセンターのサイトで検索してみました。(2022年12月6日検索)
 カタカナの「デンプン」を検索すると、45759件の文献、6783件の特許をはじめとして53564件ヒットしました。
 ひらがなの「でんぷん」はどうでしょうか。
 11920件の文献、860件の特許など全部で13109件ありました。カタカナの半分弱程度ですが、ひらがなの「でんぷん」もそれなりに使われているということです。
 実際、「でんぷん」とひらがな表記されている論文などもあるのです。ということは、雑誌のエディターは(さらに学会は)論文を、もっというと「でんぷん」というひらがな表記を受け入れているということになります。
 それなら、多少マイノリティですが、「でんぷん」でもいい、という感じもしなくもありません。
 ただし、科学技術用語としては「でんぷん」表記はありませんでした。とはいえ、すべてカタカナの「デンプン」というわけではなく、「化工澱粉」「可溶性澱粉」「澱粉粒」「澱粉糖」などと、漢字表記もみられました。漢字表記は主に食品系の分野のようです。

学術用語集では

 また、学術用語集「植物学編」における表記も「デンプン」となっているらしいです。今度確認してみたいと思います。
 でも、もしそうだとしたら、これには、学校の教科書は従わざるを得ませんね。
 いやまてよ、だとしても今まで小学校では「でんぷん」ってひらがな表記していたんだよな。学術用語集に逆らって。おそらくは発達段階への配慮とか言って。それがようやく小中連携推進って名目でひっくり返ったわけですね。

 試薬のラベルはひらがなだ…。

漢字表記では「澱」が使えない

 ところで、澱粉という日本語は、江戸時代の蘭学者、宇田川榕菴うだがわようあんが著書『舎密開宗セイミカイソウ』に記載したのが最初といわれています。『舎密開宗』はオランダ語で書かれた化学の本を訳したもので、その中で「zetpoeder」をZet=澱む、poeder=粉ということから『澱粉』と訳したものです。
 ただし現在、「澱」が常用漢字にではないため、「澱粉」ということばは、公的、一般的には使用されないものなのです。「澱」が使えないなんてけしからん!と考える人はいるようですが。

「澱」が使えないことについてはこんな資料もあります。
「分かりやすい公用文の書き方 改訂版」ご愛読者の皆様へ

平成22年11月30日に出されました、常用漢字表の改定告示に併せ、以下の2つの訓令と通知が出されました。
「公用文における漢字使用等について」
(平成 22 年 11 月 30 日内閣訓令第1号)※
「法令における漢字使用等について」
(平成 22 年 11 月 30 日内閣法制局長官決定)
これに伴い、公用文において、下記のとおり、表記の変更が生じました。
(中略)
【変更前】昭和 26 年に出されている通知(その後一部改正されている。)によると、「漢字をはずしても意味のとおる使い慣れたもの」は全て平仮名で記述し(例1)、それ以外で「他に良い言い換えがないもの」は常用漢字以外の漢字だけを仮名書きする(例2)こととされているが、この区別は必ずしも明確でない。
例1 澱粉→でんぷん 斡旋→あっせん
例2 改竄→改ざん 口腔→口こう

【変更後】 「法令における漢字使用等について」(平成 22 年 11 月 30 日付け内閣法制局長官決定)によると、単語の一部だけ仮名に改める方法はできるだけ避けるが(例 1)、一部に漢字を用いた方が分かりやすい場合はこの限りでない(例 2)とされている。
例1 斡旋→あっせん 煉瓦→れんが
例2 堰堤→えん堤 救恤→救じゅつ 橋梁→橋りょう 口腔→口こう 屎尿→し尿 出捐→出えん 塵肺→じん肺 溜池→ため池 澱粉→でん粉 顚末→てん末 屠畜→と畜 煤煙→ばい煙 排泄→排せつ 封緘→封かん 僻地→へき地 烙印→らく印 漏洩→漏えい

 ただ、慣習でそうなっている以上、公文書でなければ拘束力をもつものではありませんし、実際にはこれから外れる表記も目にします。また、「デンプン/でんぷん」問題について考えると、これらの訓令と通知は、あくまでも漢字か仮名かの問題であってひらがな・カタカナの区別の問題ではないので、ちょっと違います。

カタカナの根拠は昭和33年に説明されていた!

 こうしてみると、デンプンはカタカナで書かなくてはいけない、という指導には最小目盛りの10分の1以上に根拠の薄さを感じます。

 もちろん、カタカナで指導したからカタカナで書け、という先生もいらっしゃいますが、このご時世ですし、世間(学問の世界)ではひらがなでも許されるのに学校では許されないという「学校の常識は世間の非常識」の典型例になるあげくに小学校の算数における「掛け算の順序問題」みたいに、あちこちから袋叩きに合うのはいやじゃないですか。

 とはいえ、ようやく小学校からデンプンとカタカナで教えるので「デンプンはカタカナで書くものだ」と刷り込まれ、中学での混乱はきっと収束するのだと思われます。というか、そうであってほしい…。

 さて、そんな話をすっかり忘れたある日、昭和33年告示の学習指導要領の指導書を読む機会がありました。その第2章 各学年の目標及び内容  第2節 各学年の内容 2 用語 (2)科学用語について イ 小学校理科に用いた用語との違いについて に今までの考察は何だったんだというドンピシャな答えがかかれていました。文献、大切ね。

 イ 小学校理科に用いた用語との違いについて
 小学校学習指導要領に用いた用語と中学校学習指導要領に用いたものとを比べてみると,多少異なっているところがある。たとえば,こん虫とコン虫,いねとイネ,かえるとカエル,せっけんとセッケン,しぼうと脂肪,たんぱく質とタンパク質などのように,それぞれ小学校ではひらがなを多く用い, 中学校ではかたかなを用いているものが多い。学術用語集では,種名,薬品名などには多くかたかなを使用しているので,中学校ではこれに準拠したのである。一方,小学校では,普通用語と科学用語とを区別しながら使わせることは一般にむずかしい。このような教育的な配慮からすべてひらがなに統一したのである。

文部省「中学校理科指導書」1959 p28

 小学校では,普通用語と科学用語とを区別して使わせるのも難しいからひらがなでいこう、昭和33年からの配慮だったのですね。つか、生まれてねーし。

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