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0175 中学校指導書 理科編 昭和53年5月 文部省 (1)改訂の方針

 昭和52年に改訂された中学校学習指導要領の理科の指導書です。指導書自体は52年に告示されていますが、解説はその後に作られるので、翌53年5月にリリースされました。

 昭和52年版の学習指導要領といえば、質(難易度)・量ともにマシマシの前学習指導要領の結果、猛スピードの「新幹線授業」についていけない「落ちこぼれ」が大量発生したのをうけて、「ゆとり」つまり内容削減に舵を切り始めた学習指導要領です。

 最初この指導書を理科準備室で見つけた時は、こんなの見つけたよ~と表紙写真と簡単なコメントをと…軽い気持ちでアップするつもりだったのが、中を読んでみると、なかなか埋もれさせておくのにはもったいない。学習指導要領本文はデータベース化されていても、その指導書や解説までは、さらに何倍ものボリュームになりますから、おそらくネット上に存在しないでしょう。なので、ここでは中学校理科指導書1959の時と同様、読んでて気になったポイントを紹介していきます。
中学校指導書 理科編 昭和53年7月…おそろしい子!  by月影千草

※昭和44年版の指導書(中学校指導書理科編 昭和45年)も見たいのですが、手元にはありません。国立教育政策研究所教育図書館にあるのはわかっているのですが、火・金のみ事前予約となると、わざわざそのために行くのも気が引けるしなぁ。

改訂の方針(前半)

1ページ、第1章 総説 > 第1節 改訂の趣旨 > 1 改訂の方針 の前半、つまり最初です。

1 改訂の方針
 中学校理科の訂においては,教育課程審議会の答申に述べられている意図を受け,これを基本方針として作業を行った。
 答申の中で,理科全体及び中学校理科の改善については,次のように示された。

④理科
 ア 改善の基本方針
 小学校,中学校及び高等学校を通じて,自然を探究する能力及び態度の育成や自然科学の基礎的・基本的な概念の形成が無理なく行われるようにするため,特に児童生徒の心身の発達を考慮して内容を基礎的・基本的な事項に精選する。
 その際……中学校においては,自然環境についての基礎的な理解を得させ,自然と人間とのかかわりについての認識を深めること,……を重視する。

 上記の方針の中には,三つのことが述べられていると考えられる。その一つは,これまでの中学校理科を特徴付けた“探究する過程”や“基本的な科学概念の形成”は,今回の改訂においても重視するということである。ただ,これまでは,これらのことを強く意識したために,その形成を急いだり,抽象的になりすぎたりしたことを反省し,その形成が無理なく行われるように生徒の発達を十分考慮することと,二つは,その実現のために児童生徒の心身の発達を考慮して内容を基礎的・基本的な事項に精選することとを強調していると考えられる。
 以上は,小学校,中学校,高等学校に共通な方針として述べられているが,三つは,中学校理科で強調すべき方針として自然と人開とのかかわりについての認識を深めることについて述べている。つまり,これまでの環境についての扱いは,自然そのものの理解に重点があった点を改め,自然を人問環境として総合的にとらえることによって,最近大きな問題となっている環境保全について基礎的な理解を得させるとともに,資源・エネルギーについても中学校段階としての認識を得させることをねらったものである。

 注目のポイントを太字にしました。
 たしかに、前指導要領は“探究する過程”や“基本的な科学概念の形成”を重視していて、それが授業についていけない生徒を大量に生み出す一因となったとのは事実かもしれません。しかし、それを文部省の出す公的な文書で、それを明示して、あまつさえ「反省」という失敗を認めたともいえる書き方をしているのは、私には大変衝撃的な一文でした。
 お役所では前任者(下手するとその人は上司だったり偉くなっていたりする)の仕事を否定することにもなりかねないし、国家(組織)の誤謬を認めたことにもなりかねない(そうすると、それを受けてきた人たちはどうなる?責任をどうとるんだ?という話になりかねない)ので、こういう書き方をしない、と聞いていたし、実際にそのような文書を見たのはこれが初めでだったので、驚きでした。
 そういう目で見ると、「自然そのものの理解に重点があった点を改め」という部分も、「改め」と「反省し」ほど強い書き方ではありませんが、高度成長→公害の発生→オイルショック→低成長化の時代という時代背景も意識しながら、悪意を持って読めば「自然を人問環境として総合的にとらえてこなかったから環境保全が大きな問題になってきた」、という反省か恨み節かわかりませんが、何か前指導要領を否定する気持ちが隠れているようにも見えなくもありません。

改訂の方針(後半)

続きの文を見てみましょう。

 答申では,上記の方針を受けて中学校理科の改善の具体的事項として次のことが述べられている。

イ 改善の具体的事項
  (中学校)
 (ア) 第1分野及び第2分野の内容については,おおむね現行どおり探究の過程を重視し,自然を探究する能力及び態度の育成や理科に関する基礎的・基本的な概念の形成を目指して構成するが,その構成に当たっては,特に自然の事物・現象に直接触れる学習が従来以上に行われるように配慮する。
 (イ) 現行の内容のうち,実際の指導においてその取扱いが高度になりがちなものや抽象度の高いもの,例えば運動の第2法則,イオンの反応,天体の形状と距離の一部,動植物の分布,遷移などは削除する。また,化学変化の量的関係,原子の構造,地かくの変化と地表の歴史などは,高等学校の内容との関連を考慮して軽減する。
 (ウ) 自然と人間とのかかわりについての認識を一層深めるため,例えばエネルギーの変換と利用,身近で基礎的な物質とその反応,自然界における生産,消費及び分解の意義などに関する内容は,充実させる。
 (エ) 両分野の履修の方法については,現行の並行履修の考え方を引き継ぐが,弾力的な運用ができるようにする。

  (ア)については,既に述べたように,これまで重視してきた探究の過程及び科学概念の形成の重視を,今回も受け継ぐことを述べている。ただ,これまでややもすると抽象的な科学概念に深入りしすぎる傾向があったことに反省を加え,中学校の生徒の能力を超えることのないようにする意図が込められている。また,このためにも、自然の事物・現象に直接触れる学習が重要であり,これを従来以上に尊重することが望まれている。
 (イ)は,従前の理科の内容には,扱いが高度になりがちなものや抽象度の高いものが含まれており,これが学習上の大きな抵抗になっていることにかんがみ,このようなものを高等学校との関連を考えて削除,軽減することを述べている。また,特に目立った事項を例として掲げている。
 (ウ)は,既に基本方針にも述べられている自然と人間とのかかおりの認識の重要性を,やや具体的に説明したもので,精選を強調している中で唯一の充実すべき内容であり,今回の改訂の新しい観点として注目すべきことである。
 (エ)では,従前の2分野制を今回も引き継ぐことを述べているが,その運用については,週時間数の削減によって並行履修がこれまでのように機械的に行われにくくなることを考慮し,弾力的に運用するように述べたものである
 以上は,教育課程審議会の答申に述べられている改訂の方針であるが,理科の目標,内容等の決定に当たっては,当然のことながらこれらの方針を受けて具体的な作業が進められた。以下その主な改訂点を述べることにする。

 ここも前半部と同様に「反省を加え」とあり、さらにより具体的に、「学習上の大きな抵抗」と書かれています。本当にここまで書いて大丈夫だったのか心配になりますが、それだけ日本の戦後の理科教育史の中で大きな転換点となる偉業(それがもたらす結果についてはさておき)だったともいえます。
 それと、昭和33年版から登場した2分野制について「弾力的な運用ができるようにする」とあります。
 前指導要領下での理科の授業時数は各学年とも週4時間。だから時間割上に、例えばあるクラスでの理科の授業の運営の仕方として、月曜2時間目と木曜3時間目の理科は1分野で〇〇先生、火曜日5時間目と金曜日4時間目の理科は2分野で▼▼先生というやり方が可能でした。ところが、この指導要領では3年生は4時間のままですが、1,2年生は週3時間に減りました。
 すると1分野と2分野を交互にやることが難しくなってきます。月曜2時間目は1分野、火曜日5時間目は2分野、では木曜3時間目の授業はどうすんだ。隔週で1分野と2分野をやるか?1分野と2分野を別の先生が担当するとなると、余計な打ち合わせが増えますし(とくに交互でやる日が祝日などで休みになったときに、次の週はどっちがやるのかみたいな調整が必要になります)、一人の先生でもややこしそうですね。
 そうすると、一つの疑問、とアイデアが浮かんできます。そこまでして1・2分野を毎回交互にやる必要があるのかという疑問、そして、まず週3時間全部1分野の化学単元をやって、それが終わったら2分野の生物単元をやって…というアイデアが。実際、両方をひとりで教えていても、特にこれといった問題がないんですよね。むしろ1分野2分野を並行して教える方が、なかなか実験の道具や教具類を片付けられないので困る(笑)。
 かくして、別教科のように分けてそれぞれ通年で授業展開する「平行履修型」の他に、週3回ある理科の授業全部を全部1分野の「電流」単元に費やし、それが終わったら全力で2分野の「天気の変化」単元に突き進む、という「交互履修型」というパターンが誕生するとともに、2分野制にする意味が薄れてきてしまいました。
 ただ2分野制の本当の意味は授業運用のレベルではなく、物化/生地のバランスをとるという趣旨でしたから、まずバランスをとった指導要領を告示し、それに基づいて教科書なども作られ、学校でもそのバランスを崩さずに指導計画を立てていいわけで、なにも1週間の中できっちり半分ずつ1分野2分野やる必要は、昭和33年版で授業が展開された昭和36年頃はともかく、昭和50年代以降にはないといえるでしょう。
 ちなみに平成29年告示の新指導要領にも「各学年においては,年間を通じて,各分野におよそ同程度の授業時数を配当すること。」が明記されています。それで十分なわけです。

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