代表的なのがアンモニアの噴水。
この現象、とくに噴水となる現象の原理について、若い先生などは次のように説明したりすることがあります。
ところが、このような説明を聞くと、物理の先生のスイッチを入れてしまう危険性があります。曰く、
さあ、戦争の始まりです。
ところが、「吸い込む」派の先生は、この説明の意味がよくわかりません。いや、さすがに理科の先生ですから、「外の空気が水を押して、フラスコに水が入った」という説明はわかっています。ただ、次にこうやって火に油を注いでしまうのです。
どうしてこうなった?
論点を整理してみましょう。
この事実関係には、両者争いはありません。問題は
これは、「吸い込む」という現象だ。
これは、「吸い込む」という現象ではない。
という、吸い込む派と吸い込まない派の対立です。ちなみに「吸い込む」派の主張をもう少し丁寧に読み解くということです。
一方、吸い込まない派の論拠はこんな感じと推察しました。
おそらく、フラスコ(の中)、溶け残っているアンモニア、真空…などの解答があると思います。 いずれにしろ、フラスコの内部にあるかと思います。では、そこに注目、もう一度この現象の仕組みを再確認してみましょう。
水が入ってアンモニアがとける前について。フラスコ内部のアンモニアによる圧力Aと、大気による圧力Bを比べてみましょう。
AもBもビーカーの水面を押しています。ところがその圧力の大きさが等しいため、水面は動きませんでした。
アンモニアが水にとけることでフラスコ内の圧力Aが下がった時の図がこれです。
これでAよりBの方が圧力が大きくなったため、B、すなわち大気の圧力に押されて、水がフラスコに入ってった、というわけですが… このとき、「フラスコの内部」は自ら主体的能動的積極的に「吸い込む」という動作をしたのか。
圧力Aはその大きさが小さくなっただけで、向きは変わっていません。つまりフラスコの内部は、弱まったものの、やはりビーカーの水面を押そうと、すなわち水がフラスコに入らないように努力はしているのです(結果的にはダメでしたが)。それを(フラスコの内部が)吸い込む(=自ら主体的能動的積極的に水がフラスコに入るようにはたらいている)、と裏切り者扱いするのはあんまりだ、というのが「反吸い込む派」の主張の核心です。
もし圧力Aの向きが逆になれば、それは(フラスコの内部が)吸い込んだということになりますが、実際にはそんなことは起こりませんからね。
この件については、旧ブログで中学校で物理を専門とする先生からもコメントもいただきました。
「吸い込む」の言葉の定義、日本語のニュアンスの問題ではないかという趣旨です。
私もこういう議論は好きではなく(人間ができてないので「めんどくせー!!」と思ってしまいます)、厳密に分けてそこから外れたものを否定するのもなんだかなぁと思う方なので、そのご意見にのっかろうと思います…。
コメント